第4話 虚しい

 さて。仕事でもしますかね。


 昨日捌いた魚を燻製小屋に運び、上段部の扉を開き、敷いてある網に魚を並べていく。


 燻製小屋は専門の職人に頼んで作ってもらったので、結構デカくなっており、四十六匹並べてもまだ余裕があった。


「これなら赤毛鹿を狩って来て肉を燻製するのもいいかもな」


 赤毛鹿を仕止めるには玄人の狩師でも難しいが、変身すれば圧縮銃が使える。あれなら三百メートル離れてたって撃ち殺せるだろうよ。


 扉を閉め、今度は下の扉を開き、鉄板に白那木のチップを敷き詰め、魔術で火の玉を六つ創り出して鉄板の下にくべた。


「……おれ、魔術、使えたんだ……」


 いや、記憶を辿れば毎日のように使っていた。だが、前世の記憶を思い出したことで、なんだか初めて使ったような感覚に襲われたのだ。


「炎の矢」


 言葉は自然に出て、発動行動できた。


 指先に生まれた炎を飛ばすように振り下ろすと、太さは鉛筆くらいで、長さは三十センチくらいの矢となって、花崎湖のほうへと飛んでいった。


「…………」


 今は前世の記憶が占めているのか、体が震えるくらいの感動に満ちていた。


「うぉー! おれ、魔術を使ってるぜ!」


 さすが異世界。さすがファンタジー。魔術万歳である。


 一通り覚えている魔術を使っていたら、なんか体が寒くなって来た。


「……ヤベー。魔力切れだ……」


 この世界、誰しも魔力は秘めているようだが、容量は人それぞれ。多い者もいれば少ないのもいる。


 おれは、農村生まれの農家の三男坊。大それた産まれでもなければ魔術師の家系でもない。魔力の容量は中の下。まあ、一般的に見れば多い分類だろうが、連続で使っていればすぐに切れてしまうのが当然だわ。


「……しかし、おれ、こんなに魔術を使えたっけか……?」


 徴兵され、初の戦場で敵の魔術攻撃を受けてから使えるようになったが、本職ほど威力はなかったし、煮炊きに呼ばれる程度だった。こんなふうには出来なかったはずなんだがな……?


「まっ、ここは素直に喜んでおくか」


 威力が上がったのならたまに山から下りて来る鬼猿から身を守れることもできるし、生活にも利用できる。この感じなら風呂を沸かすのも簡単にできそうだ。


「……風呂かぁ……」


 都会では風呂に入るそうだが、田舎じゃ風呂なんてものは入らない。精々井戸の水で体を洗うくらい。入らないヤツのほうが多いだろう。庄屋様のところでも何日に一回と聞いたことがあるし。


「紫波しなみ村にいけば温泉に入れるんだがな~」


 ここから二日ほど歩いたところにあり、湯治場として栄え、十年前いったときは、こんな桃源郷があるのかと感動したものだ。


「またいってみたいものだ」


 なぜかは聞いちゃダメ。男はいくつになっても蝶が好きなんです。


 しばらく花崎湖を眺めながら魔力回復をしていると、ふと名案が湧いて来た。


「ないのなら作ればいいじゃない」


 今のおれなら風呂を作るのはそれほど難しいことじゃない。変身すれば大岩をくり貫いて水を張り、炎の矢を一発かませばお湯になる。


 いや、ここは本格的に造るか? 石で土台を造り、木の風呂を拵える。あ、屋根も欲しいな。雨降ったらヤダし。


 ああでもない、こうでもないと妄想を繰り広げていたら陽が傾いて来た。おれ、どんだけ妄想してんだよ?


「まあ、こんな場所じゃ妄想も娯楽。楽しんだもん勝ちだ」


 寂しいとは思うが、それは前世の記憶があるから。無心じゃ人は生きられない。雑念妄想上等よ! 


「なんていえたらよかったんだがな……」


 前世の記憶が蘇ったら虚しさが真っ先に湧いて来る。あれがしたい、これがしたいなんてことが、こんこんと湧き出して来るのだ。


「ビール飲みてーなー!」


 キンキンに冷えた生ビールをゴキュッと。カー! 妄想しただけで虚しさが募るわ……。

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