第19話 プロラジュース

「ゆっくり入ってろ。兄貴を説得する材料を揃えるからよ」


 熱風球を用意し、それの使い方を教えてから家の中へ入った。


 まあ、説得の材料と言ってもそう難しいことはない。兄貴は真面目だが、酒に弱いところがある。


 弱いと言っても酒にだらしないってことではなく、酒が好きで、唯一の楽しみとしているのだ。


 この国にも清酒やとぶろくはあるし、芋焼酎なんかもある。どぶろくくらいなら家でも作れるから各家で作っていることだろう。


 だが、清酒や芋焼酎となると、外からの仕入れとなり、行商人から買わないとならない。


 完全自給自足な村などなく、行商人が血のように村々を回っているので、多少なりと金かねを持つ。が、農民の稼ぎは内職で得た僅かな金子きんす。一日コップ一杯飲めればいいほうだろう。


 ちなみに言っておくと、この国の農民は前世のように虐げられてはいず、作付けの七割を出せばお上が守ってくれるし、魔物避けの結界が施された安全な場所に暮らせるのだ。


 おれは税を払ってないので村の外に暮らしている。だが、それだと生きていけないので、村に魚を卸して村の者として扱ってもらってます。


「酒はいいとして、入れるものがないな」


 一応、酒バリスタを作ってみたものの、最初の一回使っただけ。ってかそんなに入ってなかったわ。米なかったし。


「今日は無理か」


 さすがに二合程度の米では微々たるものしかできないか。こりゃ村長のところから米買わないとな。


 つっても買う金かねがないか。あ、いや、金かねになるものはあるか。森王鹿の角つの。あれは高く売れるものだったわ。


 なんの薬になるかは知らないが、なんかの薬になるとは有名で、大陸にも流れるそうだ。


 森王鹿を狩ることはお上からは禁止されていない。狛犬すら狩るのが大変ってものを狩るのは命懸けだし、狙わなければ人を襲ったりはしない。山にいるから農作物も荒らさない。


 なので、山の獣として扱われていて、狩りをしても罰っせられることはない。まあ、禁止にしたら角つのも採れないしな。


「山で見つけたことにするか」


 狩ったと言っても信じてもらえそうにないし、また狩って来いって言われるのも面倒だしな。


「となると山に入った理由が必要だな」


 なにがいい? と家の中をグルグル回る。


 薬草は? 採取ドローンの中にあるかも。いや、おれに薬草の知識はないし、なにを必要としているかもわからんか。まだ成分分析のために少量しか集めてないし。


「意外……でもなく、山に入る理由ってないものだな」


 まあ、魚釣って生きてる身だし、山に用はない。精々、肉が食いたかった、くらいか? たまに狩人の手伝いしてるから、理由にはなるだろう、か?


「近くに落ちてたも信じてもらえんしな」


 それなら村の狩人連中がわからないわけがない。すぐウソだとバレるわ。


「……貧しく暮らしていると、ウソもつけない状況になるんだな。転生して初めて知ったよ……」


 ウソのつけない人生。意外と暮らし難いです。


 グルグル回るのを止め、床に座り込む。お茶でも飲んで一息……入れらんねーか。お茶ないし。


「お茶もない人生もつまらんな」


 町にいけば白茶と言う、紅茶に似たようなものがあるが、田舎のそのまた外れに生きているおれのところまで回って来ることはなし。水でも飲んでろ、だ。


「まあ、プロラジュースがある時点で町より充実してるがな」


 ジュースにするほど甘い果物はないし、集めるのも大変。ジャムになるのが精々か。


 よく生っているプロラも集めるとなると大変で、採取ドローンがなければ集めようとは思わなかったしな。なんで集めようとしたかは酒にしようと思ってです。まあ、おれの好みではなかったのでジュースにしたがな。


「おじちゃん、上がったよ」


 サッパリスッキリ、見違えるほど綺麗になったカナハが家に入って来た。


「町の娘みたいになったな」


 いやまあ、町の娘もそんなに清潔ではないが、田舎じゃあり得んくらいの清潔さだろう。


「いいよね、風呂って。毎日入りたいよ」


「お前が魔法を覚えれば毎日どころか風呂屋を開けるくらいになるさ。ほれ、喉乾いてんだろう。プロラジュースを飲め」


 プロラジュースは五リットルはあるので、遠慮なく飲みなさい。


「ありがとう!」


 コクコクとプロラジュースを飲むカナハ。子どもっぽくて可愛いが、女性らしい仕草も教えんとならんな。


「プロラジュース、美味しいけど、もうちょっと甘いといいよね」


「確かに女の子には酸っぱいか」


 男のおれに合わせてるしな。


「なら、これでも舐めてろ」


 棚に置いていた木で作った容器を丸卓の上に置いた。


「なにこれ?」


 と問いながら容器の蓋を開けた。


「蜂蜜だよ。旨いぞ」


 採取ドローンは全部で五十機。そのうち十機は花の蜜を集めるために飛ばしている。


 蜂蜜は肉を柔らかくしてくれ、疲労回復にもいいと集めたら、翡翠ひすいが気に入ってしまい、毎日のように集めているのだ。


「蜂蜜っ!? そんな高価なもの食べていいの!?」


 あ、そう言えば、蜂蜜は貴重だったっけ。前世では当たり前で、今生は当たり前のように口に入らないものだから忘れてたわ。


「食え食え。集めるの簡単だしな」


 採取ドローンさまにかかればお茶の子さいさいよ。


「あたし、一生おじちゃんについていくよ」


 できれば老後は立場を逆転してもらいたいが、まあ、お前が一人前になるまでは任せろ。


「あ、蜂蜜があった」


 蜂蜜は山で採るもの。崖や木に蜂の巣ができるんだったわ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る