第20話 女の子は残酷
この時代、蜂蜜は当たり前にあり、養蜂が盛んな地もあると聞く。たまに行商人から村に落ちることもあるが、大体は村長とか薬師に流れ、村のもんに届くことはまずない。
あるとすれば、狩人衆が運よく蜂の巣を見つけ、これまた運よく採ることができたものが、親しい者に少量回るってことぐらいだろう。お裾分けされたことないから真偽はわかりませんけどね。
「証拠に蜂蜜を持っていけば信じられんだろう」
なんなら売っても構わんか。優秀な採取ドローンさんにかかれば簡単に集められるし。
「……持ってっちゃうの……」
なぜかしょぼんとするカナハ。なんだい、いったい?
「おじちゃん! あたし、いっぱい働くから蜂蜜食べていいでしょう!」
はぁ? ……あ、ああ。今食べてるのを取り上げられると思ったのね。まったく、お子ちゃまな姪っ子様だ。
「それはお前にやるよ。食いたきゃ全部食え。蜂蜜なんていくらでも集められるからな。なら、これを持ってけ」
もう一つ、蜂蜜が入った木の容器を渡した。
「皆に食わしてやれ。おれが蜂蜜採ったお裾分けだ、ってな」
多少の疑問を持たれても蜂蜜の甘さで溶けるだろうよ。
「うん! ありがとう、おじちゃん!」
それで喜んでもらえるならおじちゃん冥利に尽きるよ。
「おれは村長のところにいくから、兄貴には明日……いや、顔出していくか」
さらっと伝えておくのもいいだろう。米や味噌ももらいたいし。
「手土産は薪でいいか」
各家にコンロがある生活になったとは言え、大家族のところにコンロ一つじゃ焼け石に水し、魔石代もバカにならない。米を炊くには今でも薪釜戸を使うところがほとんどだ。
しかし、農業が主な村 では薪は買うもの、とはね。気軽に村の外に出れない世界ではの話だな。
「カナハも運べ。木屑でも喜ばれんだろう」
あ、翡翠ひすいの寝床用の藁が欲しいな。葉っぱを集めるのも一苦労だしよ。
「うん。背負い籠ある?」
「あ、そう言うのも必要か。まだまだ作るのあるもんだ」
道具を作るより生活必需品を作るのが先だな。
「なら、おれの背負子を使え。背負えるだけでいいからよ」
田舎の女なら二十キロなど余裕のよっちゃん。前世のように軟弱では生きていけないのだ。
「わかった。薪は?」
なんの反論もなく承諾するカナハ。ってか、薪を運ぶくらいで拒否ってたら田舎では生きていけんわ。薪運びも子どもの仕事だからな。
外に出て、丸太の余りを背負子に積むように指示を出して、おれは物置(仮)へと向かう。
「主ぬしよ。どこかにいくのか?」
優雅に昼寝をしていたと思ったら、気配もなく翡翠ひすいが近寄っていた。さすが狛犬。いや、肉球かスゴいのは?
「村にいって来る。米とか味噌とか補充しないとならんからな」
「人の世は面倒よの」
その面倒な人に飼われていることを自覚して、深い感謝を示しやがれ。
つまらんと呟く翡翠ひすいにパンチを入れてから物置に置いた森王鹿もりおうじかの角をつかみ、持ち上がら……ない。
「まあ、片方の角だけで百キロもあるとか、ファンタジーの生き物はハンパねーぜ」
レベル23な肉体では七十キロを担ぐのが精一杯。ほんと、ハンパなレベルだぜ……。
「しょうがない。半分にするか」
スーツにではなく肉体だけを変身させる。ってのを編み出しました。素の肉体が微妙だったからな。
難なく角を半分に折る。万能さん、怪力ィ~。
万能素材で引き出しつきの背負子を作る。蜂蜜を入れるためにな。
森王鹿の角を背負子に乗せ、植物で作ったロープで縛る。強度は低いけど、安上がりにできるのがいい。
「変身したままでいいか」
素の肉体でも背負えるが、五十キロは重い。と、怠惰な前世のおれが言うんです。
……しょうがないじゃない、転生者だもん……。
背負ったまま家へと戻り、木の容器を集め、万能素材で作った保存蜂蜜タンクから容器に移す。
八つでいいかな? もっといくか?
「おじちゃん、積んだよ」
「あ、あい。悪いが、この容器を背負子の引き出しに入れてくれ」
背負子を見せてお願いする。まあ、下ろせって話なんだけど、面倒臭いからいいんだよ。
「入れたよ」
「おう、ありがとさん」
背負子の具合を確かめるために左右に振ってみる。うん、容器が動きますね。
「カナハ。空いてるところに石鹸を入れ、隙間にこれを詰めてくれ」
棚の引き出しから熊笹の葉で包んだものをいくつか取り出し、カナハへと渡す。
「なにこれ?」
「さっき風呂に入れた薬丸を粉にしたものだ。売れるかと思ってな」
まずは村長に試してもらって、いけるなら行商人に売り込んでみよう。
隙間が結構あるようで、試作に作った薬粉がすべて入ってしまった。
「でも、おじちゃんって実はスゴかったんだね。いつもの冴えない姿からは想像できなかったよ」
いや、確かに冴えないのは認めるよ。でもそれは、ずっと胸に仕舞って口に出さないで欲しかった。
世界は違えど女の子って生き物は残酷だぜ……。
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