第158話 頼もしい男

 さて。まずは右軍の再編とアイリにプロポーズせんとならんな。


 順番が逆かも知れんが、事務報告ではないのだから雰囲気を整えて、二人っきりになってからだろう。そうでないとアイリに申し訳ない。血生臭い傭兵家業をしてたとは言え女なのだ。ちゃんとしなければ不義理である。


 なんてことを前世っておれには言えんな。やはりこれは今生のおれの性格だろう。二つの考えがあり、どちらも受け入れられるのだがら助かるぜ。


「アイリ。右軍の再編をする。カナハと一緒に山梔子くちなしにいってくれ。あ、店の護衛に一人。家の護衛に二人は残してくれな」


 食堂にいるアイリに通信を繋ぎそう伝える。とは言っても同じ屋敷内であり、隣が食堂なんだけどな。ただ、家庭用と家臣用で分けてあるので続いてはいないのだ。


「カナハ。おれは敷地内を見回してからいくから昼前になると思う。アイリたちと軽く訓練していろ。なにをするかは自由に決めていいからよ」


 訓練の天秤がカナハに向くかアイリたちに向くかはわからんが、どちらも重要なのだから好きに決めて好きにやれ、だ。 


「わかった。剣の訓練をする」


 頑張れと言い残して家庭用の食堂を出た。


 まずは翡翠ひすいの元へ向かう。そろそろ仔が生命維持ポットから出る頃だからだ。


 もう翡翠ひすいの魔力を必要としないし、魔力も受けてないが、だからと言って追い出す選択肢はない。受け入れたときから翡翠ひすいは家族。守るべき存在である。


 犬小屋──ではなく、翡翠ひすいの寝床に来ると、寝床の主はおらず、万能さんに探してもらったら十四キロ離れたところにいた。なにやってんだ?


 周囲を偵察しているドローンを向かわせると、樹齢何百年と言った樹のうろ中で丸まっていた。


 なにをしてるんだ? とドローンを通して問いかけるが、答えはない。それどころか反応がない。


 呼吸をするように体が上下してるから生きてはいるんだろうが、今の時間まで寝てるのことはこれまでなかった。


 ドローンでスキャンしてみるが、これと言った異常は診て取れない。呼吸、心拍、体温とも正常。ただ寝てる感じだ。


「……また狩りをして疲れてるだけか……?」


 なにか違和感はあるが、まあ、病気と言う感じでもない。元々野生の獣。本能のままにさせておくか。


 ドローンとのリンクを外し、寝床にある生命維持ポットを見る。


「順調のようだな」


 前に見たときより体は大きくなり、毛並みも艶々している。


「……ってか、一匹だけ黒くなってんな……」


 翡翠ひすいから取り上げたときは三匹とも灰色で、親と同じ白になると思ったんだが、黒とかもあるんだ。


「狛犬はすべて白かと思ってたぜ」


 まあ、地域や環境によって色が違うこともある。そう言うもんなんだろうよ。


「この様子だと、あと数日で出れそうだな」


 狛犬は恐怖の対象だったが、こうして仔を見ると愛らしく見えるんだから不思議なものだ。


「元気に生まれて来いよ」


 生命維持ポットを撫でて寝床をあとにする。


 屋敷内を軽く見回り、そして屋敷外を一回り。偵察ドローンや警備ドローンが回ってるせいか黒走り一匹いない。まあ、翡翠ひすいがいる時点でよって来るバカはいないか。強者に敏感でなければ生き残れんしな。


 湖へと出て光月ゆうづきに乗り込み、タナ爺のところへ向かう。


「……結構開墾されたもんだな……」


 タナ爺からの報告やドローンで進行状況は把握してたとは言え、まじまじと見ると感情に訴えるものがあった。


 街道に沿い開墾された望月家の畑と輸送機離発着場(予定)は、ちょっとした地方飛行場くらいの広さがあり、今もタナ爺一人で開墾している。


 離発着場(予定)に輸送機を降ろす。


「なんだか自然破壊したみたいだな」


 なんて前世の感覚に捕らわれるが、この時代の者からしたら森は敵であり、飲み込まれないように伐り倒すことが正義であった。


 森をそのままにしていたら黒走りや鬼猿が増え、村を襲う害となるからだ。


 おれは徴兵され、傭兵として生きて来たからよく知らんが、よく人馬組じんばぐみが駆り出されてよく人が死んでいたそうだ。


 酷い話ではあるが、それはやむを得ぬこと。高い金を出して傭兵を雇っていたら村は一年としないで破産する。頼むときは余程のときだけ。だから普段は減ることを前提とした人馬組が投入されるのだ。


「それはそれでアホな選択なんだけどな」


 そして、それ意外の選択ができないのだから救われないぜ……。


「まったく、人とは非力な生き物だ」


 三つの力を持ってなかったらと考えると胃に穴が開きそうだわ。


「タナ爺。精が出るな」


 パワースーツを着て斧を振るうタナ爺に呼びかける。まったく元気な爺さまだよ。


「おう、お館様。なに、まだ準備運動さ」


 いつの間にかお館様になり、さらに若くなったようなスーパー爺さま。生命とはなにかと考えたくなるぜ……。


「元気なのはいいが無理はせんでくれよ。タナ爺にはまだまだ助けてもらわんとならんのだからよ」


 できるスーパー爺さまを開墾で潰すなど愚かでしかない。隊商の人間を指揮するばかりか纏めることもできる。なにより働き者ってのが頼もしい。


 こんなスーパー爺さまを使い捨てにするヤツは無能どころが害である。最後までしっかり働いてもらうのが賢い雇い主である。


「おう。任せておけ。これほど生きてるのが楽しくてしょうがないからな」


 うん。万能さんを使ってアンチエイジングするの決定。百五十歳まで死なせんぞ。


 悪魔と罵られようがタナ爺は望月家の宝。そう簡単には死なせんわ。


「アハハ。楽しいか。タナ爺は人生の成功者だな」


 そうだな。おれも負けずに人生を楽しもうじゃないか。でなければ世界は変わらない。まずは自分を幸せにして世界を変えようではないか。


「そうだ。村の女たちが畑を耕すなら雇ってくれと言っておったが、どうする?」


「女か。まあ、夏の野菜を植えたいと思ったし、人手に女も男もないからな、やりたいヤツは雇ってくれ。種と植え方の情報を渡しておくからよ」


 万能さんによって品種改良された夏野菜。今から植えたら充分実るだろうし、村にも迷惑はかからん。断る理由はねーさ。


「わかった。いっぱい植えていっぱい実らせるよ」


「ああ。そうしてくれ。酒にできる野菜もあるからよ」


 山芋から品種改良させた芋で、焼酎にしたら旨いと万能さんが言っていた。おれはビール党だが、芋焼酎も好きでコーヒー割りがお気に入りだ。


 あ、サイレイトさんからコーヒー仕入れないと。前にもらったものは飲んじまったしな。


「酒か。そりゃ楽しみだ。生きるのがさらに楽しくなるわ」


 万能さんにかかれば体を壊さないでたくさん楽しめる。ドンドン飲んで人生をよきものとしろ、だ。


「いろいろあって来ないと思うが、人の雇い入れや開墾はタナ爺に任せる。いいようにやってくれや」


 丸投げだが、信頼できる者への丸投げなら一切の躊躇いや不安はない。万事タナ爺に任せた。


「おう。任せておけ。ここはわしが守るからよ」


 信頼できる男の言葉はなんとも頼もしいもんだ。おれもタナ爺に負けない男にならんとな。


 頼もしい男に見送られ、最華さいか町へと向かった。 

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