第144話 大変です!
タブレット──と言うのもアレなので、
町長の浮かれぶりに秘書官的な男も加わり、騒ぎを聞きつけた高級役人も混ざって大はしゃぎ。おれは外から眺めることしかできなかった……。
「これはいい!」
「こんなものが欲しかったのだ!」
まあ、すべて手書きで、間違ったらやり直し。各部署に連絡するために何枚も同じものを書かなくてはならない。それも毎日。それが仕事とは言え辟易することだろうて。
まあ、手書きなのは変わりないが、いきなりキーボードにしても戸惑うばかり。仕事の効率は落ちるだろう。何事も段階を経てのほうがいい。特に役人なら、な。
「タカオサ殿! これはいくつ用意できるので?」
秘書官的な男──他の役人が口にしたところではナギトが興奮した口調で訊いて来た。
「いくつでも。ですが、書板しょばん一つ金銭十枚。写器しゃきは金銭五枚です。予算的には大丈夫なのですか?」
こんな時代でも町は予算に縛られている。いつも予算が予算がと依頼を値切られていたからな。
「そ、そうでした。今年度の予備予算はまだありますか?」
配下の者だろう役人に訊くナギト。と言うか、年度予算方式なんだ。そりゃ融通が効かんわけだ……。
「金銭五十枚ほどです」
個人にしたら大金だが、町としてはないに等しい金額である。
「クッ。それしかないのですか……」
「山崩れにほとんど持っていかれましたから」
災害への備えはしてなかったんだ。
「予算縮小で他から引っ張ってくることもできません」
その役人の言葉に全員が顔を曇らせた。
前世なら財政破綻して国のお世話になってるとこだが、そんなものがないところでは苦労しか想像できないな。
「でしたら、今年度は書板二十、写器十個を試しとしてお使いください。それで有効と判断していただけるのなら来年度から予算を組み『貸し出し』と言う形にする。一年の貸し出し金は、書板しょばんは一つ金銭三枚。写器は一つ金銭一枚。紙や小物は買い取り、と言うことでどうです?」
そう提案すると、驚いた顔を向けられた。
「……あなたは、本当に元傭兵ですか……?」
「……役人でもなかなか言えないセリフです……」
あ、前世なら当たり前のことでも今生では異質なセリフだったか。まあ、取り消すことはしないけど。
「どうします?」
堂々とした態度で尋ねる。なんらやましいことはないと。
「サダイ様。わたしはタカオサ殿の提案は受け入れてもよいかと」
ナギトが賛成の意を示した。
「わたしも受け入れたいと思います」
「来年度からであるのなら予算の組みようはあります」
「そして、できることなら五十は欲しいところです」
書板しょばんだけで金銭百五十枚か。結構どころか大変な予算になると思うのだが、大丈夫なのか? 増税とか止めてくれよ。
「それだけ必要なのか? いくつか予算を減らせねばならんぞ」
あ、やっぱり大変なんだ。
「正直に申せば八十は欲しいところです。各部署から反発がありますからな」
あの部署だけ優遇される、とか不和は生みたくないわな。足の引っ張り合いとか起きたら別の意味で破綻するし。
「でしたら、支払いを魔力ではいかがですか? 副事官殿からお聞きしているかわかりませんが、おれの力の源は魔力です。魔力がなければ
弱点は知られたら負けだが、教えたらそれは弱点から弱味になる。
なにが違うと問われそうだが、弱点は死に繋がるが弱味は苦境になるだけ。死ぬよりマシな状況になるのだ。
同じだろう、と言うヤツは死んでから後悔しろ。死なないのならその状況を打開するために考えろ。そして、逃げろだ。
まあ、その状況になる前に対策は考えて用意しておけばそれは弱点でもなく弱味でもなくなり、相手を油断させる好機ともなる。
……どんな強力な力があろうとバカはバカ。知恵者の前には敗れるんだよ……。
なんて知恵者みたいなこと言ってみたが、要は騙し合いの化かし合い。頭使って生き残れ、ってことだ。
「役場で働く者から魔力を徴収すれば書板しょばん一つ分の魔力は一日で集まるでしょうし、税を払えぬ者や罪人から取るのも手かと思います」
やるやらないはそちら次第。こちらは提案しただけ。お好きにどうぞ、だ。
「……魔力か……」
「どうなのだ?」
「では、魔力売買器を出してみますのでお試しください」
やらせてみるのが一番だろう。受け入れてくれるならこちらにも利はあるさな。
室内用にしたみかん箱大のものを作り出した。
「どなたかこのガラス面に手を当ててもらえませんか? 魔力を計りますので」
視線が飛び交うが、誰もやろうとはしない。この状況でヤバいもんは出しませんって。
「では、わたしが」
と、ナギトがガラス面に手を当てた。
「おぉ! 魔力が65もある! 凄い! 魔術師様でしたか?」
これだけの魔力があるなら魔術師長なのか? 役人にしか見えなかったわ。
「いや、わたしは参事官だ。だが、我が菜太家なだけは魔術師の家系ではあるが……」
「そうでしたか。65もあれば一月くらいで自分専用のが買えますな」
朝と晩に魔力を注ぎ込めばそのくらいで買えるだろう。書板しょばん一つ、魔力500で作れるし。
おっと。ぼったくりと言うことなかれ。なに事も安くすればよいと言うものではないのだ。世の柵やら状況と言うものがあるんです。
「わたしも計ってくれ!」
と、次々と魔力を計っていく。
うーむ。最低でも魔力32とか、役人は魔力が高いな。いいもん食ってるからか? それとも魔力が高い者同士結ばれているからか?
「サダイ様!」
「うむ。魔力を集めよ!」
まさに鶴の一声。すぐに実行された。
魔力売買器をさらに四つ出し、どこかへと運んでいった。
部屋にはおれと町長だけが残り、なにか一仕事終えた安堵感が満ちた。
お互い冷めたお茶を飲み、どちらともなく笑みを見せた。
なにか一言口にしようとしたとき、ミルテから通信が入った。
──旦那様、大変です!
と、な……。
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