第143話 毎度あり

 名をいただいて終わり、と言うことはなかった。


 そりゃそうだろう。空を飛ぶ魔道具を大量に持ち、海竜を仕留めるほどの力を持つ者が近くにいる。それを放置とか権力者として失格。町長の頭の中では警戒警報が鳴り響いていることだろう。


 おれだってオン商会やゼルフィング商会の無尽蔵な資金力に警戒し、今も怯えている。対抗手段のない町長は失禁しそうなくらいブルッていても情けないとは思わないさ。


 ……そう見せないところがこの町長の有能さを語ってるぜ……。


「茶を持て」


 と、先ほど案内してくれた男が盆に茶を乗せて現れた。


 出された茶に手を伸ばし、躊躇いなく口にした。あなたを恐れていませんよ、ってな意味で。


 まあ、それを理解しているかわからんが、毒殺はとっても安上がり。自分のテリトリーで使うなら特に、な。


「……怖いな……」


 だろうな、とは思う。


 田舎出の傭兵がそんなことを知っているばかりか知っていて飲むのだ、イカれてるとしか思わないだろう。ましてや、されたところで意に介さないとくれば化け物を前にしてるかと錯覚することだろうよ。


「力で世が回るなら楽でしょうな」


 なければ話にもならないが、それだけで解決できたらこの世は一人の覇王に支配されている。できないから世は乱れ、苦労ばかり溢れているのだ。


「それを理解してくれる隣人ばかりだと助かるんだがな」


「上にもいてくれると助かります」


 隣人が理性的でも上が直情では目も当てられんからな。


「大きな声では言えんが、まったくだ」


 その言葉だけでこれまでの苦労が見て取れた。


 五十半ばなら先の戦争では中間管理職的な立場だったのだろう。そして、やっと戦争が終わったと安心したら人手不足で苦労させられる。よく放り投げ出さなかったものだと、一種、感動すら覚えるわ。


「傭兵時代は曽井そい様の手腕には何度も助けられております。報酬を踏み倒され、値切られる町が多い中、ちゃんと提示した金額を払うのは三賀さんが町くらいなものですからね」


 そのため、三賀町には傭兵団が集まり、魔物被害が少ないのだ。粗野な傭兵でも仕事を得ようとお利口さんでいると言うものだ。


「大した額は払えてないがな」


「払ってくれる、と言うのが大事なのですよ」


 傭兵は払いもしない依頼に命など懸けない。適当にやって適当の報酬をもらうだけ。終わったらさっさと去る。


 だが、ちゃんと報酬をくれるのならちゃんと仕事をして、次も仕事をもらうように心がける。他に奪われないよう命を懸けるのだ。


「ふふ。不破の不知火に言われると誇らしくなるな」


 それで報われたりはしないだろうが、慰めくらいにはなったのだろう、苦笑いを浮かべていた。


「人の使い方を知っている方とは長く付き合いたいものです」


 ほんと、知らないヤツとは一生関わりたくないものだよ。時間の無駄どころか有害でしかない。


「望月家もちづきけは、総合商会として商っていこうかと思います」


「総合商会?」


 よくわからぬと首を傾げる町長殿。


「簡単に言ってしまえばなんでも屋です。戦いから子守りまで。お客様のご要望に応じて人材を派遣したり武力をお貸ししたり、入り用なものがあるならご用意も致しますよ」


 にっこりと笑って見せる。


 商売しましょうそうしましょう。打算があってのよい関係。あなたがいてのわたしです。お互い一緒に儲けましょう、だ。


「とまあ、そう言われても困るでしょう。なので望月家もちづきで扱っているもので示しましょう」


「あ、ああ。できれば平和的なものだと助かる」


 以前、不平不満を口にしていた町長が兵を増やしただけで首を飛ばされたと耳にしたことがあると、町長が小さく呟いた。


 まあ、至るところで不平不満があり、謀反が起こったら抑える力は国にはない。火事が起こる前に火種を絶つ、ってことだろう。怖い怖い。


「ええ、暴力を維持管理するのは大変ですからね、必要なときにあるところから借りるほうが安上がりです」


 常備兵は金食い虫。毎月の給料を払わなくてはならないし、怪我をしたら治療もしなくちゃならない。職務で死んだら遺族に金を払う必要も出て来る。


 必要経費とは言え、抑えられるなら抑えたいのが人情ってものだ。


「役場ならこのようなものはいかがでしょうか」


 十三インチくらいのタブレットと専用のペンを出す。


「これは書の魔道具で、ここに文字が書けます」


 とデモンストレーションして見せ、町長にもやってもらう。


「おもしろいとは思うが、これがどう役に立つのだ? まあ、消せるから文字を覚えるのに使えるとは思うが」


 こんな時代だが、和紙のようなものはあり、書類にできそうな紙は大陸から安く入って来ているので、必要とは感じてないのだろう。


「これは、もう一つの魔道具があってこそ真価を見せるのです」


 みかん箱くらいの印刷機を作り出す。


 タブレットに適当に文字を書き、印刷機のマークをペンで突いた。


 印刷機がカシャンとなり、吐き出し口から紙が一枚出て来た。


 それを取り、町長に見せる。


「そこに書いたものがこちらから出て来ます。一枚でも百枚でもそこに紙が入っている限り、補充する限り、ね」


 文字作業している者ならその真価をわからないわけはない。必要ないないなど口が裂けても言えないだろう。


「いかがです?」


 震えながらこちらを見る町長にわざと問う。


「……買う……」


 と言うのが精一杯な町長にニンマリ笑って見せた。毎度あり~。 

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