第173話 右軍総大将

「今日この時よりお前は望月アイリ。おれの妻だ。そして、右軍総大将として夫を支えろ」


 これは、アイリに言っているのではなく、ここに集まった右軍の者たちに向けて序列を示してるのだ。


「あ、ああ、任せろ。だが、総大将とは?」


 少し頬を染めながらも傭兵としての気構えは失ってはおらず、疑問に思ったことを尋ねて来た。


「右軍は望月家の護。あらゆる悪意や暴力から望月家を守るための盾である。ならば、あらゆる方向に向けて盾を構える必要がある」


 望月もちづき家が大きくなればなるほど構える方向、形を変えなければいけない。


「アイリの下にまずは四つの中団ちゅうだんを組織し、サネ、ハヤカ、ミレハ、レイサを中団長とする。山梔子くちなしの者はサネの中団に所属してもらう」


「わ、わたしたちが中団長ですか!? 無理です!」


「そうです! あたしらは下級傭兵ですよ!」


「できっこありません!」


 と叫ぶ気持ちはよくわかる。これまで命令を受ける立場にいたんだからな。


 おれだって兵士時代、十七歳で部隊長をやれと言われたときには無理だと騒いだもんさ。


「騒ぐな! まだタカオサの話は終わってないぞ」


 アイリが一喝して黙らせる。


 ……こいつは誰かの庇護下に入っているといつも以上に輝くから不思議だよな……。


「無理なのは承知。できるとも思ってはいない。今の時点ではな」


 お前ならできるとか勝手なことは言わない。無責任にお前ならできるとも言わない。そんなクソったれな上官になるかと誓ったからな。


「右軍は産声を上げたばかり。まだよちよち歩きの赤ん坊に戦えと言うほうが間違っている。少しずつ学び、失敗を繰り返し、試行錯誤の先に右軍は最強の盾となるんだ」


 今はなべ蓋程度で構わない。いや、シミュレーションで革の盾くらいには強度はあるか。それだけあれば戦い方次第。つまり、おれとアイリ次第ってことだ。


「お前たちは望月家の礎だ。たが、勘違いするな。礎とは使い捨てのことではない。望月家がこの先何百年と繁栄するために、お前たちが老衰で死ぬまで食うにこまらないために望月家の土台となるのだ」


 土台にはおれも含まれる。いや、土台を支える杭となろう。


「お前たちに護の軍として矜持を持ち、望月家の家臣である限り、望月家はお前らの護となる。敵に捕まれば全力で助け出し、害をなしたのなら完膚なきまで叩き潰すと約束する」


 家臣であると同時に家族でもある。ならば、当主として、親として、見捨てることも見逃すことしてはならない。例え世界が敵に回ろうともだ。


「護の守り手たちよ。わたしの子らよ。タカオサの妻として、右軍総大将として、いや、望月アイリとして約束する。わたしはお前たちを守る最大の盾となると。だから、自分たちにできることをやればよい。なに一つ不安になることなどないんだからな」


 女はいつか母になると言うが、まさか、この瞬間に母になるとは夢にも思わなかった。まるでリサさんのようだぜ……。


「はい! アイリ様!」


「わかりました!」


「護の守り手となります!」


 陽炎かげろう団がなくなろうともアイリについて来た連中である。大将が輝けば自分たちも輝くか。右軍旗艦には陽炎って名前をつけてやろう。リサさんの遺志を忘れないようにな。


「アイリ右軍総大将!」


「はっ!」


 傭兵に敬礼はないが、団長に応える形あり、陽炎では背筋を伸ばして利き手を拳にして腹につけることをしていた。


 由来は腹をくくれと言う意味で始まったとリサさんから聞いたことがある。


「これより礎の兵を連れて月島つきしまへと向かえ。右軍を再編する」


「畏まった! 護の兵たちよ、いくぞ!」


 どうしろとは指示は出してないが、それをできずして総大将は勤まらない。初代に相応しい働きをしろ。おれの奥さんよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る