第186話 雷虎(らいこ)

 そして、駆けること一時間ちょっと。森王鹿もりおうじかの群れを感知した。


 ……前より山の奥にいるな? どうしたんだ……?


 化け物みたいな体と強さはしてるが、基本、草食で臆病な生き物だ。さらに強い生き物がいる山の奥などいかないと聞いてたんだがな。


「止まれ」


 後ろにいるカナハに指示を出し、樹齢五百年はありそうな樹の陰に隠れた。


「父さん?」


「よくわからんが、森王鹿もりおうじかがやたら警戒している」


 なんなんだ、いったい? 全方位に向けて気配を探ってる感じだ。


 森王鹿もりおうじかまで一キロ弱。気配を断ってるとは言え、ああまで警戒されてたら気づかれる恐れがある。


 この島の生き物、特に山の奥に棲む生き物は化け物揃い。人の何百倍も感覚が鋭いから参るぜ。


「……結構ヤバイのがいるな……」


 翡翠ひすいほどではないが、人の力では覆せないほどの魔力反応があちらこちらにいる。


 反応は八。魔力は約20000。なかなかのものが森王鹿もりおうじかを囲もうとしてるな。


 カナハにもわかるようこの一帯の地図を作り、森王鹿もりおうじかと囲もうとしてる反応を表してやる。


「狼?」


「か、どうかはわからん。おれもこんな山奥に入ったことないし、人里に下りて来る魔物──ここまで来ると魔獣か。魔力の高い獣は魔の濃いところで生きるそうだ」


 噂レベルのものだが、人里に下りて来る魔獣は希だ。狛犬だって人生で見るかどうかの存在だからな。


「偵察ドローンを放ってみるか」


 十二機の偵察ドローンと十二台とモニターを作り出した。


「狩らないの?」


「まあ、狩ってもいいんだが、なんなのか見てみたいしな。ちょっとした好奇心だ」


 魔獣なんて滅多に見れるものじゃない。生きてる姿を拝見しようじゃないか。


 カナハは理解できない顔を見せてるが、おれのやることに反対はないようで、放った偵察ドローンから送られて来る映像を見ていた。


 生命体ではなく透明化させたので、森王鹿もりおうじかも魔獣も気がついた様子はない。どんどんと近づいていった。


 しばらくして森王鹿もりおうじかの姿がモニターに映し出された。


「やはり警戒しているな」


 一ヶ所に集まり、仔と思われる小さな個体を群れの中心に置き、雌が囲み、雄が臨戦態勢を取っている。


「……森王鹿もりおうじかって想像以上に大きいんだね……」


 そうか。森王鹿もりおうじかを生で見たことなかったっけな。うちに来たときは肉になってたし。


「これだけデカいと一匹狩れば充分だから他に構うなよ」


 家畜化するまでは野で生きて、仔をたくさん生んで欲しいからな。


 と、別の偵察ドローンが魔獣を映し出した。


「……虎……?」


 っぽいが、虎より凶悪そうな顔をして、倍以上の体格をしている。色は……赤外線なので白黒か。魔力を注いで色つけするか。


「……緑……?」


 保護色、と言っていいのか謎だが、ファンタジーな世界の生き物。そんな体毛もあるさ、と納得しておこう。うん。


「ん? なんだ?」


 なにやら虎(仮)の口がバチバチしている。電気か?


 なら、雷虎らいこと命名しよう。魔獣を研究しているヤツなんていないのだから先に決めたもん勝ちだ。


「いい毛並みしてるな」


 体毛は濃い緑と特殊だか、毛布にしたら温かそう体毛だ。コートにいいかもな。今は夏だけど。


「よし。狩るか」


 妻たちへのプレゼントとして今年の冬に渡そう。宝石とかプレゼントしても喜ばれんだろうからな。


「カナハ。お前は森王鹿もりおうじかを狩れ。おれは雷虎らいこ、この魔獣を狩るからよ」


「あたしもこれ狩りたい」


「ん~。お前にはちょっと難しいかな~」


 コートにするから無傷で仕留めなくちゃならん。まさに一撃必殺。殺されたことさえ知らせずに殺さなくちゃならないのだ。


「…………」


「そう拗ねるな。まだ午前中なんだ、森王鹿もりおうじかを狩ったら午後からは違うのを狩ればいいさ。今日はお前と狩りをする日なんだからな」


 カナハの頭を撫でてやり、機嫌を取る。


「……わかった……」


「うん。いい子だ。だが、森王鹿もりおうじかを狩るのは大変だぞ。群れで行動するから一匹だけ狩るとなると頭を使わなくちゃならん。できるか?」


 少し挑発するように言ってやる。


「できる!」


 うん。その言葉を証明してみろ。と、背中を叩いた。


 戦う顔になり、樹の陰から飛び出していった。


「頑張れよ」


 駆けていく背にエールを送り、おれは神無月の弾を吸魔弾へと換える。


「山の命よ、感謝していただきます」 


 お祈りしておれも樹の陰から飛び出した。

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