第187話 前世の記憶は危険

 まず一番近い雷虎らいこの背後に迫り、四十センチの針を頭に投げ放った。


 どんな凶悪な生き物であろうと頭を貫かれたら絶命はするものだ。


 まあ、弱点なだけに硬い皮膚で覆ったり、硬い頭蓋骨で守ったりするのだが、万能さんの強度と投げた速度の前には紙風船も同じ。いや、ちょっと見誤ったな。突き抜けちゃったわ。


「意外と柔らかいのな」


 倒れた雷虎らいこの体を触ると、いい感じに柔らかかった。これ、人をダメにするクッションに負けんぞ。


「帰ったら万能さんに作ってもらおう」


 いい柔らかさを知った。これだけで狩りに来た甲斐はあったな。って、今日は娘孝行でしたね。ゴメンゴメン。


 カナハの動きを見ながら次の獲物に向かう。死体の回収はあとでドローンにさせます。


 おれらの介入で森王鹿もりおうじかたちが戸惑いを見せているが、それでも森の王は油断は見せてなかった。


「頑張れカナハ」


 カナハにエールを送り、二匹目を仕留める。


 今度は加減したので雷虎らいこの頭に針が刺さったまま。おれ、グッジョブ。


 本来は人が狩れる魔獣ではないが、万能さんの力とレベルアップ能力のお陰で苦なく狩れている。


 一撃必殺なので八匹を狩るのに十分もかからない。ほぼ移動に費やした時間だ。


 カナハに目を向けると、立派な体格の森王鹿もりおうじかに矢を放つところだった。


 放ったれた矢は森王鹿もりおうじかの首に刺さるが、森王鹿もりおうじかにダメージはない。いや、あるのだろうが、そんな素振りも見せない。群れのリーダーかな?


 リーダーらしき森王鹿もりおうじかがカナハに向かって駆け出した。


 ダンプカーに匹敵するものが迫って来ると言うのに、カナハの表情は無。動じることなく二射目を放った。


 しかし、矢は角によって弾かれた。が、その一瞬、視線をカナハから外してしまった。


 次に視線を戻したときにはカナハはいない。どこだと視線をさ迷わせた隙に三射目が森王鹿もりおうじかの首に刺さっていた。


 なかなか巧みなことをする。神無月かんなづきだったらすでに終わってるな。


 浅くではあるが、頸動脈にでも当たったのか、結構な血が出ている。


「痛みを感じる機能はあったんだ」


 いや、生き物ならあって当然だが、あそこまで巨大化すると並大抵のことでは痛みは与えられないだろう。剣だって弾くなんてことを聞いたこともあるくらいだからな。


 リーダーらしき森王鹿もりおうじかが怯んだ隙にカナハは横を駆け抜け、たぶん、雌だろう森王鹿もりおうじかに狙いを定め、矢を射った。


「父さん、閃光弾を放つよ」


「了解」


 返事とともに辺り一面真っ白に染められた。


 万能さんにより光調整され、カナハが射止めた森王鹿もりおうじかを担ぎ、群れから逃げ出した。


 ……血かな? おれと同じことしやがったよ……。


 って、なんて自問自答している場合じゃないな。追いかけないと。


 カナハが駆けていったほうへと向かった。


 マナスーツも魔力を注ぎ込めば十トンでも担げるが、それでも担いで走るには大変だろうに、まるで平地をダッシュするが如く駆けている。


「カナハ。もういいぞ。止まれ」


 山を二つ越えたところで止まるように言う。


 開けた場所でカナハが止まり、担いでいた森王鹿もりおうじかを下ろした。


「ご苦労さん。いい狩りだったぞ」


 おれは褒めて伸ばすたちなので惜しみなく褒め讃えると、なんとも嬉しそうな顔をするカナハであった。


「そろそろ昼だし、メシにするか」


「うん。お腹空いた」


 よしよし。今、おれが旨いものを食わしてやるよ──なんて、万能さん頼りなんですけどね。


 外飯といったら肉だと、コロ猪の丸焼きに鱒のちゃんちゃん焼きを用意する。あ、飲み物はオレンジジュースを出してやろう。おれはビールだけど。


「さあ、腹いっぱい食え」


「うん!」


 コロ猪にかぶりつくカナハを見ながらおれはビールを飲む。


 ……場所を気にしなけりゃキャンプしてるのと同じだな……。


 周辺には魔力が万単位の生き物の反応がするが、近寄って来るものはない。きっとこんなところで飯を食う生き物はヤバイと野生の勘が言っているのだろうよ。


「父さん。狩りはこれで終わり?」


「いや、まだやるぞ。今日はカナハと狩りをすると言ったんだからな。飽きたか?」


 はいと言われたら狩りは終わりだけどよ。


「ううん。弓じゃなく魔法で狩りをしてみたい」


 魔法でか……って、おれ、魔法師にとか言いながらカナハに攻撃できる魔法を教えてねーや!


「カナハ、狩りに使えそうな魔法、知ってるのか?」


「ハルナさんから教えてもらった」


 ハルナから? なにを? 嫌な予感しかしないのだが……。


「炎の矢」


 と、カナハが空に向かって手のひらをかざすと、なんか物騒な炎が発射された。


「どう?」


 なにが? と思わず口から出そうになるのを堪える。ここで父親としての威厳を崩すわけにはいかないのだ。


「大したもんだ。他にも教えてもらったのか?」


「うん。八十四個教えてもらった。げーむ? にある魔法なんだって」


 知識があれば可能にしてしまう万能さんに万々歳。うぇ~い!


 なんてふざけてしまったが、前世と記憶が危険と今知った。おれヤバイ力をこの世界に持って来たのだな。


 ……まあ、躊躇いなく使うけどね……。


「そうか。なら、午後からは魔法で狩りをしてみろ。知っているのと使いこなせるは違うからな」


「うん! いっぱい狩って使いこなせるようになる!」


 まあ、程々にな。焼け野原にしたらさすがに生態系を崩しちゃうからよ……。

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