第185話 鬼猿

 山に入って十五分。距離にしたら六キロくらい。万能スーツでも原生林の中を走るのは一苦労である。


 まあ、生身なら百メートルも進めないのだから驚異的と言っていいだろうけどな。


 先頭を走るのはおれであり、まず手頃な獲物を探している──んだが、ながなか手頃なのが見つからない。


 やはり、翡翠ひすいが狩り尽くしたのかな? 黒走りしかいないな。


 黒走りでは狩りにならんと方向を変え、別の山に向かってみる。


「いた」


 山を四つばかり越えると、鬼猿の群れを感知した。


「カナハ。この先約一キロに鬼猿の群れがいる。数は四十四。たぶん集落だと思う。好きなように狩れ。おれは逃げ出すのを狩るから」


「わかった!」


 駆けるスピードを落とし、カナハを先行させる。


 カナハから三十メートルほど離れ、神無月かんなづきを構えながら生命感知範囲を拡大した。


 ……やはり鬼猿の集落だな。狩りに出たと思われる集団を二つ感知したぞ……。


「カナハ。集落の外に小規模の集団がいる。弓で対処できないときは魔術も使え」


 今のカナハの魔力は200近くまで増えている。


 通常では信じられない伸びだが、万能さんにかかれば難しいことではない。来年には4000くらいにはなってるだろう。いや、カナハなら万に届きそうだな。こいつ、天才だからな……。


「わかった。対処できないときは魔術で攻撃する」


 素直でよろしい。が、もうちょっと反骨精神があってもいいんだからな。


「おれは見渡せる山に向かう。援護するから好きなように暴れろ」


 狩りではあるが本番前の準備運動的なものだ。気負わずやったれだ。


「わかった!」


 カナハとわかれ、見下ろせる山へと駆ける──のも面倒だからジャンプ。そして、飛行で見下ろせるにちょうどよい岩の上に着地する。


 すぐに神無月かんなづきを構え、カナハを探す。


 いた! もう集落の中かよ。躊躇いがないヤツだ……。


 身体能力だけじゃなく戦闘センスもいいから、的確に鬼猿の心臓か頭、首などを射抜いている。見事なやっちゃ。


 突然の襲撃にパニックに陥っていた鬼猿もさすがに状況を見れるまでには我を取り戻したらしく、棍棒を片手にカナハへと襲いかかっていく。


 鬼猿は毛の生えたゴブリンと言えば想像しやすいだろうか? 子どもくらいの背丈で知能も低く、武器と言えば棍棒や石を投げるくらいだ。


 新米傭兵でも一対一なら負けはしないだろうが、群れになるとベテランの傭兵でも徒党を組まないと殺されるだろうな。


 おれも前世の記憶(と三つの能力)が目覚めなければ三匹が精々だろう。鬼猿って結構機敏なんだよ。


 今のところ矢で射殺しているな。


 粗末な掘っ立て小屋、とも呼べない枝はを囲って作った寝床を弓で払い、矢で隠れていた仔を突き殺す。


 それを見事と喜べない前世のおれ。だけど今生のおれは見事だと褒めている。


 この二重人外? 二重記憶か? まあ、二つの記憶と経験には助けられているが、殺し合い、いや、虐殺には抵抗を感じた。


「それでもやる必要があるんだから前世のおれよ乗り越えろ」


 鬼猿の繁殖力は高く、放っておくと近隣と村に被害を及ぼす。退治できるときに殺しておくのが一番の楽なのだ。


 まあ、傭兵団の仕事を奪う行為だが、この近隣(屋敷を中心に半径三十キロ)は望月もちづき家の領域。こちらで排除させていただきます。


 外に出ていた集団が集落の異変に気がついたようで、急いで駆けよって来る。


「おれも地の経験値を稼いでおくか」


 神無月かんなづきを鬼猿に向け、吸魔弾ではなく実弾を装填。そして、撃つ!


「チッ。外した」


 さすがに地だけの能力で一キロ先の鬼猿を狙うには無理があるか。ちょっと万能さんのお力を拝借です。


 鬼猿の頭に照準を合わせて撃つ。


「よし! 当たった!」


 鬼猿の頭が綺麗に吹き飛んだ。


 ハルナがいるので、もう魔力を取る必要はなくなったが、死体は天宝てんぽうを育てる肥料となるので爆散はさせません。


 次々と頭を吹き飛ばし、五分もしないで十六匹を仕留めた。


「父さん。終わったよ」


 と、カナハから連絡が入る。


「ご苦労さん。死体は回収ドローンがやるからこっちに来い」


 照明弾を打ち上げる。


「うん。わかった」


 返事に疲れはまったくなかった。まあ、マナスーツを着てれば百メートル走ったくらいの疲れもないか。


 三分もしないでカナハが到着。よくやったと頭を撫でてやると、なんとも嬉しそうに笑った。


 可愛いもんだ、とは場違いだが、これがカナハ。おれの娘だ。よくできたのなら褒めてやらんとな。


「さあ、次は本番だ。森王鹿もりおうじかを狩るぞ」


「うん!」


 もう一度頭を撫でてやり、森王鹿がいる場所へと駆け出した。

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