第184話 狩りへ

 夫としての責任があると同時に親としての責任がある──のをすっかり忘れてました。


「カナハ、すまん!」


 すっかり存在を忘れ、月島つきしまにほったらかしにしてしまった娘に誠心誠意謝った。


「…………」


 おれの謝りにそっぽを向くカナハ。子どもみたいな反応をする。


 まあ、十六歳とは言え、根は甘えん坊なヤツだ。ほったらかしにしたら拗ねもするだろうよ。


「……本当にごめんな。今日は一日カナハと一緒にいるからさ……」


 やることはたくさんあるが、娘の機嫌を取ることのほうが重要である。


「じゃあ、狩りにいきたい」


 狩り? なんでまた? そんなおもしろいもんじゃないだろう。ってか、今のお前ならよほどの獲物じゃないと楽しめないぞ。


「ダメ?」


「いや、ダメではないが、今のお前には物足りないんじゃないか?」


「物足りなくない。父さんといきたいの」


 それはつまり、甘えたいってことか?


 女の子の甘え方としてはどうかと思うが、カナハの甘え方としてはなぜか納得できてしまうから不思議だ。


「わかった。狩りにいくか。森王鹿もりおうじかの肉もないしな」


 万能さんにかかれば森王鹿もりおうじかの肉は最高級の柔らかい肉へと変わる。特に鹿肉のローストは絶品である。


「普通にやったらすぐ終わるから弓での狩りをやるか。基本的なことを学んでおくのもいいしな」


 いろいろ段階を飛び抜かしたおれが言っても説得力はないが、基礎は大事だ。


 ただまあ、本当に基礎からやるとサバイバルになり、時間もかかるので、弓矢は万能さんに作ってもらいます。


 ……マナスーツ着ている時点で基礎もないんだがな……。


 マナスーツを狩り仕様へと変身させ、おれは神無月かんなづきを出した。おれは基礎は身についてるし、今回はカナハのサポート役に徹するのでな。


「ミルテ。カナハと狩りにいって来る。留守を頼む」


 一応、ミルテに伝えておく。些細な連絡ミスは夫婦の綻びに繋がる──と、おれは思うので。


「わかりました。あ、旦那様。翡翠ひすいの仔の様子を見てください。わたしたちではわかりませんので」


 あ、翡翠ひすいの仔のことも忘れてました。


「わかった。見てみるよ」


 生命ポッドとは常に繋がってはいるが、生まれるまでは優先順を低くしていたのだ。


「そう言えば翡翠ひすいのヤツ、まだ帰って来てないなか?」


 まったく、仔をほっといてなにやってんだ?


 翡翠ひすいの位置情報を探ると、前いた木のうろにいた。


「……なんだ? 魔力数値がやたら低くなってるな……?」


 前は十万以上あったのに、今は千まで低くなっている。それに体温がやたら高くなっている。平温は三十八度だったのに四十五度になっている。


「風邪ではないな? 生命に異常はないし?」


 聖獣なだけに万能さんでもつかめてないところがある。まあ、それでも基礎的なところはわかたっているので命に別状はないとだけは言えた。


 生命ポッドからの情報も仔の状態は安定しており、いつ目覚めても大丈夫な感じだ。


「明日あたりポッドから出してみるか」


「翡翠ひすいの仔、生まれるの?」


「正確に言えばもう生まれてるんだが、まあ、そんな感じだな」


 睡眠学習させてはいるが、その知識を活かすも殺すもカナハ次第。どんな知識も面倒臭いと放棄したらバカな子になってしまう。教育を考え直したほうがよさそうだ……。


「まあ、仔のことは明日だ。今日は狩りを楽しもう」


 切羽詰まった状態ではないのだ、今日は狩りを優先させようではないか。


「カナハ。狩りにいく前に弓の練習をちょっとしておくか」


 マナスーツに教え込むのもいいが、基礎の能力や感覚を鍛えておくのも大切だからな。


 広い場所に移り、十メートル離れた場所に標的を作る。


「まずおれが手本を見せる」


 弓を借り、一本射ってみる。


 弓は得意ではないが、傭兵時代は援護として使っていたし、ここに住んでからも狩人に借りて射っていた。なので、万能さんに頼らなくても十メートル先の的の中心に当てるくらい容易いであった。


「じゃあ、やってみろ」


 弓を返し、カナハに射らせる。


 運動神経とセンスはいいので、まあまあの構えで、的に当てることができた。


「上手い上手い。何度か続けてみろ」


 二本、三本と射るごとに構えや精度が高まっていく。そして、五射目で真ん中に当ててしまった。


「よし。そのくらいでいいぞ。あとは小さい獲物を狙って精度を高めていこうか」


 やはり万能さんによる肉体改造は地の底上げをしているな。このままいくと人の域を出そうだわ。


「うん! 早く狩りしたい!」


「よし、いくぞ」


 カナハの笑顔に頷き、山へと向かって駆け出した。

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