第132話 世を変える

 失いそうな心を必死に守りながら町に向かう紅緒べにおを見送った。


「……女、容赦ねぇ……」


 膝から崩れ落ち、痛む心を抱き締めた。


 おれだって強ければスマートに戦いたいし、面倒なことは考えたくない。敵はぶっ殺せばいいだけよ! とか脳筋なことを言いたいわ。できないから考えてぶっ殺してんだよ!


 レベルアップの能力を持ってようが、経験値が低く、取得ができなければ肉体は成長しない。


 万が一を考えて訓練でもレベルアップできるようにはしたが、こっちのヤツは基本能力値が高い。子どもと大人の差くらいある。


 ましてやバケモノ級のヤツがいるから、どんなにレベルアップしようと差は縮まらない。


 と言うか、ゲームのように魔物を百も二百も倒せることはない。いたとしてもスライム並みの経験値。レベルアップなんて見込めないわ。


 凶悪な魔物は年に数回当たるかどうか。しかも、複数で退治するから経験値はそんなに入らない。バケモノどもとの差を縮めるどころか離されるだけだ。


 そんな低い戦闘力で生き残るには知恵を身につけなくてはやってられない。経験値稼ぎより小道具作りに時間を割かれたよ、畜生が!


「はぁ~。ほんと、女は怖いぜ」


 むくりと起き上がり、万能空間からビールを出して一気飲みする。


 夕暮れに近く海をしばし眺め、二本目を出してまた一気飲み、よっこらせと立ち上がる。


「まあ、女が元気なのは平和の証拠か」


 魔物がいるのは日常茶飯事。いて当たり前。恐れはしても不幸なことだとは思ってない。そんなことより食えるか食えないかが大事であり、それが幸不幸を決める。


「まず腹一杯食わせて、やりがいのある仕事をさせる。そうすれば人は自然と笑うものさ」


 ……おれは笑えているかな……?


 このクソッたれな世に唾を吐き、憎しみばかり抱いていた。


 ガキの時代、兵士時代、傭兵時代と、そりゃ笑うことはあったが、感情のままに、笑いが心を満たしたことはない。いつも虚無感があった。


「なんて、昔の話だ」


 心の底から笑いが溢れる。


 おれには神さまからもらった力がある。卑怯でズルい力だが、世は不平等にできている。持つ者、持たざる者がいる。嘆いたところで意味はない。ないのならないなりに、あるのならあるなりに、前世の記憶が蘇るまではそう言う気持ちで生きて来た。


「そうだ。ないならないなりに、あるのならあるなりにだ」


 ガキの頃から変わらないおれのモットー。


 三つの能力を得たからには遠慮はしない。恥じる必要もない。人の営みが、人の進化がとか気にしてられるか。人なんぞそんな立派な生き物でもなければ神さまから選ばれた存在でもない。


 文明文化など砂上の楼閣。一寸先は闇。技術を極めたところで失ったら終わりだ。また一からやり直しだ。


 まあ、人が生き残っていたら、の話だが、魔道具が大陸からどんどん入って来てるが、この国の者には作れないし、壊れたからと言って修理することもできない。完全なるオーパーツ。技術の積み重ねとか、ヘソで茶が沸くレベルでの戯れ言だわ。


 この国はもう大陸から技術支配され、追いつくどころか与えられるだけの奴隷に成り下がっている。


 ってのは言い過ぎだが、技術支配されているのは確かであり、いずれ大陸の国の植民地となるだろうよ。


 なら、おれはそのルールに則り、この国を支配したところで問題はあるまい。まあ、あると言うのなら力ずくで反抗すればいい。こちらは正々堂々、たまには悪辣非道な手段で跳ね返してやるまでだ。


「もっとも、魔力次第ってのがあるがな」


 デカいことを言うなら言うだけの力を示さなければ説得力がない。


 まだまだおれに力はなく強敵は多い。デカいことを心の中でしか叫べない。もっと力を蓄えなくてはいけないのだ。


「魔力を集め、人を集め、望月家を大きくさせ、おれの名を知らしめさせる」


 まだ先はあやふやで、行き当たりばったりなこともある。だが、今は着実に力をつけて、周りに影響を及ぼしていく。


「やることなすこと山のごとしだぜ」


 気は重いが心は軽い。やれることが幸せでたまらない。


「よし! やるか!」


 心機一転。世を変えますかね。

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