第117話 狡猾で弱い人の戦い方
何事もなく三日が過ぎた。
まあ、こうなることは予想していたので、これと言った感慨はない。知恵のある魔物は異変に敏感で、状況を観察したりするもの。魔物を専門に狩る傭兵なら知っていて当然。油断したりはしない。
のだが、素人にはわからないし、目先のことにしか意識を向けたりしない。おれたちが遊んでいると思い込み、無謀にも海に出て漁をしていた。
止めろとはナルマさんを通じて言ってもらったが、それで聞き入れるような漁師はいない。
このままじゃ飯が食えねーとか、海竜に怯えてられるかーとか、なんとも蛮勇なことを叫んで漁にと出ている。
自分の命は自分のもの。今生のそれでいいと思うのだが、前世のおれは責任は回避しておけと言っていた。
「あー! あー! 漁師諸君。海は危険なので入らないことを忠告します。命は大事にしてください」
漁船を操る厳つい漁師に拡声器を使って呼びかける。
「うるせー! 邪魔だ! すっこんでろ!」
なんて心ない言葉が返って来た。
おー怖い怖いと速やかに撤退する。
「父さん、なんで毎回言ってるの?」
僅か三日で水上バイクを使いこなすカナハが近寄って来て、そんなことを口にした。
「漁師からの責任追及を回避するためさ」
漁師の命を守る契約はしてないが、命を失ったとき、無知な漁師や家族はこちらのせいにする。怒りをぶつけて来る。
今生でも同じことはあった。こちらの警告を無視して死んだクセに、強く言わないからだと言いがかりをつけ、反省することなくこちらを増悪するのだ。
「カナハ。よく見ていろ。役人や漁師、その周りの人間を。自分たちの欲や利益のためなら他人を蔑ろにする。まあ、村でも見て来ただろうが、こんな商売をしていれば日常茶飯事。できた人間と出会うほうが奇跡だ」
だから、その奇跡と出会ったら、損をしてでも仲良くなっておけ。それは将来自分のためになるから。経験したおれが言うんだから間違いない。
「で、本当の理由はなんなの?」
「撒き餌だな」
そんな表面の真実に釣られないカナハちゃん。ちょっと教育が過ぎたかな?
「賢くて群れをなす魔物は敵を察知するのに長け、警戒し、隠れてこちらを見ている。ニキロ先に四匹の反応がある。わかるか?」
カナハのマギスーツは魔力反応に特化させているので五キロ先でも探知できるのだ。まあ、今のレベルではわかるって感じだろうがな。
「……う、うん。いるね。でも、魔力が弱くない? 総魔力50000もないよ」
「たぶん、若いヤツか斥候なんだろう。足の──ではなく、泳ぎが速いんだろうよ」
魔物は強くなれば強くなるほど存在力を示し、敵を威圧し、自分は強者だと主張する性質なのだ。
「海竜って目で見てるの? 気配で見てるの?」
「それはおれにもわからんが、目で見たり気配を感じたり臭いを嗅げたり、熱を感じたりしてるのかもな」
五感どころか第六感まであると見て相手したほうがいいだろう。
「そのうち威力偵察に出て来るはずだ。だから……」
と対処の仕方を教える。
「……なにも知らないって怖いんだね……」
「知ったら知ったで怖いものさ。世の中、知らなきゃよかったってこともあるからな」
「あたしは、知恵のある人でいたい」
大丈夫。お前はもう人であり、知恵を持って人の世界に飛び出したんだからな。
「まあ、人でいたいのなら今を楽しめ。おれもそのときが来るまで楽しむからよ」
海竜退治と言うより海でバカンスをしているようなもの。帰れば仕事が待っているんだから、待機時間を楽しんだってバチは当たるまい。
港に戻り、手作りのウッドチェアに座ってビールをいただく。
「夏になったら一家でサマーバケーションと洒落込むか」
そうなるとクルーザーが欲しいな~とか考えながら今を楽しんだ。
で、それから二日後の昼。どこかの商会だかが痺れを切らしたのか、陸上げしていた中型の荷船を海に降ろし、なにかの荷を積み出した。
「まったく、根比べが苦手な生き物だな、人ってのは」
賢い魔物との戦いでは先に動いたほうが負けだ。そして、それに釣られた魔物はたんなる獲物となるのだ。
「ククッ。知恵比べで人様に勝とうなんておこがましいんだよ」
どんなに賢かろうが、人様の狡猾さに勝てると思うな。裏の裏をかき、真実をちらつかせながら敵を誘い出す。
魔物に力で勝とうするのはバカのすること。弱い人なら知恵で対抗しろ。なんのために頭があると思ってんだ。と思わなきゃバケモノ揃いの傭兵団ではやっていけなかったんだよ。
……ったく、レベルアップする能力があるおれより強いってなによ? グリズリーみたいな熊を剣で倒すとかなによ? 魔法で山吹き飛ばすとかなによ? この世界、三つの能力をもらってなかったら早々に死んでるわ……。
なんて昔の愚痴はこのくらいにして、お仕事といきますかね。
「フフ。来た来た。おれの糧となってくれる獲物どもが」
万能さんを持っているおれが偉そうなことは言えないが、種的強さや身体能力の高さだけで生きているような力と一緒にされては困る。狡猾で弱い人が、力の使い方ってものを教えてやるよ。
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