第70話 撤収

 想像以上に港は酷いことになっていた。


 石を組むだけの防潮堤しか造れない技術では、防波堤などなく、自然の岩もないので眺めは最高だ。


 一応、湾となっているので、視界の両端にはちょっと頑丈な石組の灯台が入っている。


 港の中は船の残骸やら商品を詰めた箱やらが至るところに浮いており、人体の一部が合間合間に見て取れた。


「……人を食ったのか……」


 人間なんて不味いと思うのだが、結構、人を食らう魔物やらがいたりする。しかも人を好むのは凶悪で知恵があったりするから厄介なのだ。


「さて、どこにいる?」


 魔力反応を探すと、沖合い百五十メートルのところにいるな。


「魔力は三万ちょいか。妖怪ババアを見たあとでは感動もないな」


 ……なんか翡翠ひすいが雑魚に思えてきたぜ……。


「この角度からだと姿がわからんな」


 魔力反応から全長二十メートルくらいあるのはわかるが、魚だか海竜だかわからない。


 偵察ドローンを飛ばし、その姿を映させる。


 バイザーのモニターに映る姿はワニに近く、魚のような鰭や尾がある。色は濃い緑の鱗に守られ、長いこと生きてきたことがその鱗についた傷でわかった。


「ボスかな?」


 ってことは、群れを率いているかもしれんな……。


 なかなか厄介な状況だが、何事も考えよう。災い転じて福となす、だ。これをどう利用しようかね……。


 計画をどう変更するか考えていると、回遊していた……海竜(仮)が動きを止めた。なんだ?


 なにかを感じ取ったかのように頭を港のほうに向けた。


 なんだと、その先を追うと、港から五メートルくらいの荷船にせんが三隻、出ようとしていた。


「バカか!」


 と言うのも酷か。百メートル先がわからない上に魔力を感知できるわけでもないんだから。ただ、傭兵たちはなにやってんだ? あれだけの魔力があるなら感知できなくても勘が働くだろうに!


 下にいる傭兵に目を向ければ、気づいている者がいて止めろと叫んでいた。


 ……あの女傭兵、どこかで見たような……?


 考えているうちに海竜(仮)は五十メートル近くまで寄ってきていた。が、それ以上は寄ってこない。たぶん、逃げられないよう待ち伏せしてるのだろう。


「ハンターだな」


 だがまあ、好都合だ。ハンターはお前だけじゃないんだよ。


 三隻の船は、荷物や使えそうな物を回収している。ふんどし姿からして漁師か人足。火事場泥棒、ではないか。役人も出てるし。


 出たか出されたかは知らないが、自分が狙われているとは夢にも思ってない顔してる。すぐそこに人食い海竜(仮)がいるってのによ。


 知らないだけに漁師たちは海にまで入っている。見てるこっちがヒヤヒヤもんだぜ。


 海竜(仮)は、その能力の高さを示すように、すぐには襲いかからない。気配を殺して獲物を狙っている。


 ただまあ、自分を狙っているのがいるってわからない時点で獣並みの知能と警戒心しかないってこと。人をナメ過ぎだ。


 完全に油断していると判断した海竜(仮)が動いた──瞬間、パン! と軽い音が響いた。


「海魚がくるぞ! 逃げろ!」


 魔銃を掲げた女傭兵が叫んだ。勘がいい! が、もう無理な状況だ。


 海竜(仮)が速度を上げ、海にいるヤツを最初の餌に選んだ。


 神無月かんなづきを海竜(仮)に向け、餌を飲み込もうと海面から口を出した瞬間、引き金を引いた。


 距離は六十三メートル。弾速は五百キロ。吸魔弾が海竜(仮)の口の中に消え、すぐに魔力一万を吸い取った。


 吸魔と弾の衝撃に海竜(仮)が跳ねる。そこにもう一発。魔力二万、いただき!


 だが、海竜(仮)の魔力は三万を減った程度。デクと同じ原理か?


 まあ、それならそれでありがたい。魔力はいくらあっても困らないのだからな!


 次、次、次と、引き金を引く。容赦はせん。人を食ったのなら人の敵。その命は人のために使わしてもらう。


 身勝手な言い分だが、命が不平等な世界なのだからしょうがない。それが嫌だと言うなら変えてくれ。微力ながら手伝わせてもらうからよ。


 吸魔弾を七発を射ち、魔力七万を奪った頃、海竜(仮)の動きが鈍くなり、さらに四発、十一万奪って動きを止めたが、魔力反応はまだあった。


「……海の生き物はスゴいな……」


 表面上の魔力はないのたが、体の奥、たぶん、魔石だろうところから魔力反応があった。


「まだ八万もあるとか、どんだけ溜め込めるんだよ?」 


 全部いただきたいところだが、一人占めはよくない。三賀町にも得を与えておかないと、いらぬやっかみを受けるからな。この辺でいいだろう。


 神無月かんなづきの構えを解き、退散しようとして、誰かの視線を感じた。


 感じた先を見れば、先ほどの女傭兵がこちらを見詰めていた。


 ……まさか、金鳳花きんぽうげか……?


 年の頃といい、この国では見ない金の瞳といい、丈恵じょうえさんの娘に間違いない。


 懐かしい気持ちに揺らぎそうになるが、ここは、素早く撤収する場面。心を抑えてその場から去った。

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