第71話 家族1

 夜中、やっと我が家に帰ってこれた。


 海竜(仮)から大量の魔力を奪ったあと、ハハルと合流し、倉庫を管理しているカナオと言う初老の男と話し合い、その後は三納みのう屋と六原ろくはら屋に向かい、輸送機がなくなった(ことにしました)を説明し、しばらくはこれないことや一月後にくることを約束した。


 それはまあいいのだが、輸送機をなくした設定にしたので、その日は泊まっていけと誘われ、それを断るのに手間取り、町の外まで歩かなくちゃならないと、散々、ではないけど、ほとほと疲れた買い出しだった。


「……ビールが飲みたい……」


 浴びるほど飲んで、そのまま寝てしまいたい。が、もうおれには守るべき家族がいて、おれを心配して寝ずにいてくれ、こうして迎えてくれる家族がいる。


 そこで笑える父親はなんて偉大なんだろう。にわか父親とは全然違うな。


 しかし、にわかにはにわかの意地がある。ハッタリだって貫けば本物となる。やると決めたのなら俯くな、だ。


 なんてない顔でハッチを開け、外に出る。


「すまんな、遅くなって」


 心配そうな顔をする家族に向けて笑顔を見せる。


「おじちゃん、なんかあったの?」


 一人でも生きていけるよう教えたカナハも心配そうな顔をしている。


「ああ。港にデッカイ化け物が現れてな、町は上に下に大騒ぎ。化け物が暴れたせいで輸送機は流されるし、散々だったよ」


 なんでもない、気にするなは、逆に心配させるだけ。あったことを正直に話し、参ったよと苦笑してみせる。


「ねーちゃん、本当なの?」


 優月ゆうげつからヘロヘロになって出てきたハハルに尋ねるカナハ。


「明日にしてよ。あたし、疲れてるんだからさ~」


 もう嫌と、地面に崩れ落ちてしまった。


「カナハ。ハハルを風呂に入れてやれ。皆は夕飯は食ったのか?」


 なにか食ってない感じがするが。


「あんちゃんたちが帰ってくるの待ってた」


 やっぱり。それは嬉しいが、すべてをおれ基準に考えられても困る。頼もしい家族は歓迎だが、依存される関係は欲しくはない。自分で考えて決断できるようになって欲しいのだ。


 ってまあ、そうすぐにはできたら苦労はしないか。変わるにはそれ相応の訓練と時間がかかるものなんだからよ。


「そうか。ありがとうな。でも、いつ帰ってくるかわからないときは先に食っていていいからな」


 ハルマの頭を撫でてやりながら皆に言う。


「さあ、夕飯にしよう」


「あたしもお風呂より、なんか食べたい。お腹空いた~」


 そう言えば、昼からなんも食べてなかったな。


「夕飯はできてるのか?」


「うん、いつでも食べられるように鍋にしたから」


 ……さすがミルテ。気が利くところは昔のままだな……。


 家へと入り、夕飯をいただいた。


 町でのことを語ったり、家でのことを語ったりと、相手が違うだけでこうも飯の味が変わるとは。飯は心で食うものなのだな。


 ……味だけでは満たされない心の食。育食いくしょくも大事だろうが心食しんしょくも学ぶべきだと思うな……。


「はぁ~! 旨かった!」


 腹が満たされ、心が満たされる。食事とは斯くあるべきものだぜ。


「ミルテ。お茶を頼む」


 帰りがけに三納屋で買った玄米茶を渡した。


「あんちゃん、急須がないよ」


「……だったな。そこまで気がつかなかったわ……」


 おれ、マヌケ過ぎる。


 しょうがないので万能素材で作り、美味しくいただきました。明日、ミルテと一緒にないものを考えよう……。


「ねーちゃん、寝る前に風呂入りなよ」


 腹一杯になって、ぐで~となっているハハル。実家では絶対にしないだろうことを、さも日常やっているようにやる切り替えのよさ。こいつは、おれの想像の上をいくくらい大物になるな。


「汚れてないからいいよ~」


「ねーちゃん、臭い女は嫌われるんだよ」


「あたしは臭くない。あんたが綺麗好き過ぎるのよ」


「おじちゃん。ねーちゃんにはまず清潔から教えたほうがいいと思う。ねーちゃん、四日に一回しか体を拭かないんだよ。信じられない」


 いや、お前が信じられないほうだからな。ミルテやハルミが申し訳なさそうにしてるだろう。


「そうだな。これから人前に出るんだし。ハハル。風呂に入ってから寝ろ。それと、今日からお前の寝床は優月ゆうげつだからな」


 さすがにここで六人寝るには狭い。一人減るだけで寝やすくはなる。


「あたしの好きにしていいんだよね!」


 シャキーンとなって立ち上がって訊いてきた。


「魔力1000までだぞ。あとはお前の働き次第だからな」


「うん! がんばって働くよ! カナハ、お風呂!」


 呆れるカナハを連れて外に飛び出していった。まったく、現金なヤツだよ。


「ミルテたちも入ってこい。カナハのセリフじゃないが毎日入って清潔にしろ」


 多少の臭さなど気にはしないが、臭いよりはいい匂いのほうが断然いい。見た目もよくなるしな。


「わ、わかった。ハルミ、ハルマ。いくよ」


「お、おれはいいよ! あとで水で洗うからさ!」


 んお? ハルマは早熟か? 十歳で恥ずかしがるなんて。


「ダメよ! あんちゃんの言うこと聞きなさい!」


「なら、ハルマはおれと入るか。お前にも簡単な魔法を教えてやるよ」


 嬉しいより恥ずかしいが勝るお年頃。同じ男として助けてやるか。


「うん! おれ、おじちゃんと入る!」


「ミルテ。先に入ってきな」


「う、うん。わかった……」


 納得しなそうな顔をしながらも外に出ていった。


「ありがとう、おじちゃん。かーちゃんと一緒とか嫌だよ」


 まあ、そう言うことにしといてやるよ。


「ハルマ。腹は大丈夫か?」


「え、あ、うん。大丈夫だよ?」


「なら、コロ猪を下ろすのを手伝ってくれ。終わったら皆に内緒で旨いもの食わしてやるからよ」


 男が女と暮らすにはなにかと大変。二人で力を合わせて男の地位を守ろうぜ。


「うん! なんでもやるよ!」


 その心意気やよし。男の誇りを守りにくぞ!

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