第72話 家族2
真夜中、皆が寝静まった頃、布団から抜け出して外へと出た。
万能変身能力の生命維持機能のお陰で、一日一時間睡眠で充分に活動できるのだ……が、こうして暇な時間ができてしまうのだ。
まあ、眠ろうと思えば眠れるのだが、前世の記憶がそれはそれでもったいないなと感じてしまい、こうして月を見ながらタバコをふかし、清酒を飲んでいるわけだ。
「主ぬしよ。我にも酒をくれ」
音もなく
「美味い」
舌で掬って飲むのは大変そうに見えるのだが、一リットルを四ペロ(?)で飲み干してしまった。
「注いでおいてなんだが、清酒飲めたんだ」
蜂蜜酒とは違うだろうに。
「体が元に戻ってきたからな」
どう言う理由だよ? と思い、魔力を見たら三万近くあった。お前、どんだけだよ!?
「……ファンタジーの生き物は謎が深いわ……」
まあ、妖怪や海竜(仮)がいる世界。突っ込むだけ無駄か。たまに人の中にも化け物がいるし。
「
ペロリと舌を回す。イケる口なようだ。
万能空間から清酒を出し、皿に注いでやると、また四ペロで空にしてしまった。
……違う町から米を仕入れんとならんな……。
おれはチビチビと飲む。清酒は嗜む程度なんで。
「お前、飲むペースが早いよ。大丈夫なのか?」
いくらその図体でも二十リットルは飲み過ぎだわ。酔った感じはしないがよ……。
「うむ。さすがに飲み過ぎか。体の調子が戻ってきたから調子こいたようだ。寝る」
と、犬小屋へと戻っていった。本当に大丈夫か?
寝息が聞こえたので、また一人、月見酒を楽しむ。
なにも考えず、風の音、虫の音に耳を澄ませていると、家の中で動く気配を感じた。トイレか?
まだ家の中には作ってないので、外に出なければならない。今はいいが、早いうちにトイレ、風呂付きの家を建てんとならんな。
暗いので湖の畔にいるおれは見えんだろうと、月見を続けていたら「あんちゃん」と呟くミルテの声が耳に届いた。
呟く声ではあったが、なにか確信に近い声音だったので、淡い光を作り出し、ここにいるよと教えてやった。
「……あんちゃん、眠れないの……?」
「いや、眠くないだけだよ。ちょっと体質が変わってな、少しの時間眠れば起きてられるのさ。だから気にせず寝ていろ」
しっしと追い払うが、なぜかおれの近くに寄り、座り込んでしまった。
動く気配がないようなので、寒くないよう周りを魔力で囲み、温度を上げてやる。
「お前も飲むか?」
お猪口を差し出すと、コクンと頷き受け取った。
飲めるかどうかわからないので、お猪口半分に注いでやる。
クイっと飲むミルテ。こいつもイケる口か?
「……美味しい……」
イケる口でした。
ならもう一杯と、今度は並々と注いでやる。
お互い、交互に注いでやりながら飲んでると、ミルテがしなだれてきた。酔ったか?
そのまま眠るのもいいだろうと、そのままにしておく。
「……あんちゃんは、あたしではダメなの……」
悲しそうに呟くミルテ。まあ、起きてたのは知ってたがな。
「別にダメと言うわけじゃないさ」
こうまでされてわからないわけがない。わからないヤツがいたら死ぬことを強制するわ。
「お前は魅力的な女だよ」
小娘にはない色気はあるし、体も豊満だ。貧乏な田舎でよくそんな体になれるなと、欲情より不思議が勝るわ。
腕を回し、ミルテの頭を撫でてやる。
「いい匂いだ」
石鹸の香りと女としての香り。真っ当な男なら、この香りに勝てないだろう。
「おれはこれから世界を変える。それを認めないと、許さないと言う者が出てくる。おれを利用しようとする者も出てくる。そいつらを蹴散らし、騙しに近い方法で他人を利用する。そいつが使えるとなれば仲間に引き込み、もしかしたら家族にするかもしれない。苦労しかない」
おれになんの利があるんだろうと、悩むときもある。後悔するときもある。悪態をつくこともあるかもしれない。
「この世はクソだ。なにもかもが気に入らない。滅びろと何度思ったことか」
そう思うだけで、愚痴るだけで、なにもしなかった。力がないから、おれが騒いだところで変わらないからと、自分に言い訳ばかりしていた。
「なんの因果か、おれは力を手に入れた。このクソったれな世界を変えてやりたくなった」
適当なもんだ、とはおれも思う。否定はしない。
だが、人とは力を得たら変わるものだ。抑えていた欲望を爆発させる生き物だ。
「おれはおれの勝手で先に進む。もう誰の声でも止めたりはしない。おれは、世界を変える」
止めようとする者は、例えお前でも許さない。との思いを込めてミルテを見た。
「なら、あたしはその後をついていく。もう、置いてきぼりは嫌! 絶対についていく!」
今は感情に任せて言っているのだろうが、それでもおれの我が儘を認めてくれるのは嬉しかった。
ミルテを抱き寄せ、光を消した。
人生、一寸先は闇。だが、その逆もある。まったく、人生とはわからないものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます