第193話 仔の名前

 翡翠ひすいの仔は、雄が二匹に雌が二匹。ちょうどよく割れた感じだ。


「狛犬って子だくさんなんだな」


 犬と見れば四匹は普通なんだろうが、ファンタジーな世界のファンタジーな生き物。なにが普通かわからない。


 だが、過酷な環境で四匹も生んで大丈夫なのか? 親も仔も隙だらけだろう。


「大人になるまで育つのは希だ。下手したら親まで死ぬ」


 あ、やっぱりそうなんだ。いや、過酷なだけこちらのほうが生存率は低いか。


「仔を残すなら人の世界にいたほうがよい」


「依存となるか共存となるかはお前次第だぞ。種を増やすなら他の狛犬が必要になって来る。仔たち野生の狛犬と上手くやるようにしろよな」


 狛犬にそんな情緒や差別があるか知らないが、人に仲介は無理だ。やるんなら翡翠ひすいがやってくれよな。まあ、協力はするがよ。


「わかっておる。他を従わすくらいに育ててやる」


 そこは野生なのな。ま、いいけどよ。好きにやれや。


「で、名前はどうするんだ?」


 と訊いておいてなんだが、狛犬界に名前をつける風習があるのか? お前は誰かにつけられたようだが。


「主ぬしが決めてくれ。我では思いつかんでな」


 まあ、しゃべれるとは言え、そんなに単語を知っているはずもないわな……。


「じゃあ、こいつは琥珀こはく。こいつは玻璃はり。こいつは瑠璃るり。こいつは珊瑚さんごだ」


 雄が琥珀こはく玻璃はりで雌が瑠璃るり珊瑚さんごだ。


「……考えてたのか……?」


 ハイ、考えてました。なにか文句がありますか?


「旦那様。どの仔がどの仔かわからないんですが……」


 と、ミルテ。見れば他も識別できてないようだ。


 そりゃそうか。四匹とも灰色だし、似た姿だらな。ちなみにオレは万能さんを通して見てるから識別できるんです。


「じゃあ、首輪をするか。仔の頃は、目を離すとどんでもないところに潜り込むからな。翡翠ひすい、構わんか?」


「好きにせい」


 首輪と言う文化(意味か?)がないせいか、翡翠ひすいに嫌悪はなかった。


 まあ、ないと言うなら首輪をさせてもらおう。


 琥珀こはくには白い首輪。玻璃はりには紫。瑠璃るりは青。珊瑚さんごは緑だ。名前を刻んだプレートもつける。


「ヒヤン! ヒヤン!」


 と、なにが嬉しいのが皆の間を駆け回る仔ッコども。狛犬に慣れると可愛く見えるから不思議だな。


「仔ッコどもの寝床寝をどうするかだな? あと、翡翠ひすいの……部屋か」


 さすがにこの姿で藁の上に寝かせたら世間体が悪いし、おれの良心も健やかではいられない。知らないヤツに見られたら鬼畜だと思われるわ。


「なら、離れを作ってくれ。そこで仔と暮らす」


「旦那様。屋敷の中でも……」


 翡翠ひすいに遠慮してかミルテが屋敷を勧めて来た。


「いや、離れがよい。人が多いと気が休まらんでな」


 これまでも人のいるところに住んでただろう、とは言わないでおこう。たぶん、翡翠ひすいなりの遠慮なんだろうからな。


「わかった。離れを作ろう。どんなのがいい?」


「人が住む離れで頼む。他は任せる」


 なかなか注文が厳しいこと。人に成り立ての獣が住みやすいようにとか、難しいこと言ってくれるぜ。


「仔ッコを外に出したりするか?」


「しばらくは出さぬ。中で育てる」


 なら、庭園(日本庭園って感じ)側に作るか。


 二十畳ほどの平屋にして、トイレをつけるだけでいいか。料理などせんだろうし、風呂は屋敷に立派なのがある。


 一応、雨が降ったとき用と逃亡用に地下道を作っておくか。あ、なんなら地下農場へいけるようにしよう。子どもたちがいい遊び相手になるだろうしな。


「藁と布団、どっちがいい?


 畳にしておいてなんだが、狛犬的にどっちがいいんだ?


「布団にしてくれ。あと、仔たちにも」


 翡翠ひすいは人型だから普通の布団でいいだろうが、仔ッコたちに布団はどうなんだ? あ、猫の寝るヤツ、なんて言ったっけ? ま、まあ、仔ッコが収まる感じのクッションを作ってやるか。


「こんなんでいいか?」


「ああ。構わぬ。我もこんなのがよかったな」


 なにやら翡翠ひすいがお気に入りな感じ?


「んじゃ、こうか?」


 人型が収まりやすいサイズで作ってやる。


「おお! よいな! 気に入った!」


 クッションに収まる翡翠ひすい。人になっても習性は狛犬ってことなんだな……。


「気温はいい感じにしておくから、しばらく暮らしてみろ。なんか不自由があればすぐ直してやるからよ」


「わかった。そのときは頼む……」


 と、なんか眠ってしまった。


 仔ッコたちも母親の胸に集まり、眠りについてしまった。


「……やれやれ。獣は獣か。自由で結構なことだよ……」


 おれも自由なけものに生まれたかったよ。ったく。

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