第192話 祝福あれ

 娘とのスキンシップは心を穏やかにしてくれるものだった。


 前世の感情と今生の感情が満足してることからして、オレってマイホームパパなのかもしれんな。ふふ。


 少し遅めの朝飯をいただいてから我が家へと帰る。


 途中、なにか電子音が頭に響く。なんだ?


「──あ、翡翠ひすいの仔が生まれるんだった」


 生まれる一時間前にわかるよう万能さんに頼んでおいたんだったわ。


 すまん、翡翠ひすい。完全無欠に忘れてたよ。


「翡翠ひすいの仔、生まれるの?」


「ああ。あと一時間で生まれる。ちょっと急ぐぞ」


「わかった」


 まあ、シュンパネで帰れば一瞬で済む話なんだが、大急ぎってわけじゃない。翡翠ひすいの仔も大事だが、娘といる時間も大切である。可能な限り側にいてやらないとな。


 二十分かけて屋敷裏へと到着。ミルテとハルナに帰って来たことを告げたら、二人とも翡翠ひすいの仔の元にいるとのことだった。


 ……そう言えば二人にも連絡いくようにしてたっけ……。


 万能さん頼りにしてたら脳が劣ると、いろいろ機能は切ってるが、家族関係の情報はもうちょっと高めにしてたほうがいいかな?


 それも良し悪しだなぁ~と考えながら翡翠ひすいの小屋に向かうと、ミルテやハルナ以外に女中たちも集まっていた。


「ってか、肝心の親はいないのかよ」


 なにやってんだ、あのバカ親は?


 全偵察ドローンから情報を求めようとしたら、裸の女が現れた。


 え、なに?


 と一瞬だけ戸惑ってしまったが、瞳の色で理解した。この女は翡翠ひすいだとな……。


「よかった。間に合ったようだな」


 獣のときのように白髪を靡かせ、ニッコリと笑う翡翠ひすい。わかっていても見取れてしまう姿である。


「……お前、人化とかできたんだな……」


 聖獣が人になる話はよく聞くし、獣人がいる世界だ、なんら不思議ではないのだが、こうしてやられると言い難いものが胸の中で渦巻くぜ……。


「ほぉう。わかるか?」


「さすがに一瞬戸惑ったが、その髪や瞳、魔力でわかるわ」


 見た目に騙されそうになるが、よくよく見れば翡翠ひすいの特徴が出ている。まあ、知らない仲だったらわからないだろうな。人にしか見えんもん……。


「そうか。人になっても獣の特徴は残るのか。人化は難しいな」


「なんでまた人になろうて思ったんだよ?」


「だ、旦那様! この女性は翡翠ひすいなんですか!?」


 見ればミルテたちは驚いていた。


 まあ、聖獣が人化するとは寝物語で知ってはいるだろうが、情報格差社会では迷信みたいなもの。本当にできるとは夢にも思ってなかったのだろうよ。


「あい。どうしようもないくらい翡翠ひすいだよ」


「随分な物言いだな。人化は大変なのだぞ」


 知らんがな。おれは生まれたときから人だし。


「つーか、なんで人になろうと思ったんだ? 狛犬としての矜持はどうした?」


「人の姿にほうがおもしろいことができると思ったからだ。あと、姿が変わろうと我は我だ」


 そうだな。獣だろうと人だろうとお前と態度に変わりはないよ。まったく……。


「旦那様! そんなことより翡翠ひすいに服を着させてください! 裸ですよ!」


 あん? あ、ああ。そうだったな。おれもどんな姿だろうと翡翠ひすいは翡翠ひすいと思ってるので気にもしなかったわ。


 ……ってか、こいつ。なんで無駄にプロポーションよくしてんだ? 人化するとそう言う仕様になるのか……?


「着物でいいか?」


 見た目は東洋系だし、こいつの性格からしてキツい服は好まんだろう。


「構わん」


 万能さんで着物を作り、翡翠ひすいに纏わせた。


「……なにか不思議な感覚だな……」


「人でいるなら慣れろ。人のいないところなら構わんがよ」


 おれは構わんが、うちには男もいる。情操教育に悪いことはしないでちょうだい。


「まあよい。それで、我が仔はどうだ?」


「もう少しで生まれる。って、仔が生まれるのに人化するとかどうすんだよ? 親と認識されんぞ」


 狛犬に刷り込みがあるか知らんが、人の姿で覚えられて、獣の姿になったとき問題あるんじゃないのか?


「構わん。仔たちは人と暮らすことを覚えて欲しいからな」


 野生がそれでいいのか? とは思うが、生き方を決めるのは翡翠ひすいだ。翡翠ひすいがそうしたいならおれは付き合うだけである。もう家族なんだからな。


 小屋に入り、生命維持ポッドを見れば、仔たちが目を開けてキョトンってな感じで人間たちを見ていた。


「出さんのか?」


「今、外の環境に耐えれるようにしているからもうちょっと待て」


 生まれて来るなら元気に生まれて欲しい。外の空気を徐々に取り込み抵抗力を高めていく。万能さん、頼みますぜ。


 五分を切ると、生命維持ポッドの解除が始まり、三分からカウントダウンが始まる。


 そして、数字がゼロになり、生命維持ポッドが開き、狛犬の仔が飛び出して来た。


「ヒャン! ヒャン!」


 と鳴く仔たち。狛犬の鳴き声ってこんななんだな……。


 ヒャンヒャンとおれたちの周りを駆ける回る。と、一匹が翡翠ひすいへと飛びつくと、残り三匹も翡翠ひすいに飛びついた。


「……母親がわかるんだな……」


 獣の習性か母の愛か。まあ、どっちにしろ微笑ましい光景には変わりはない。


「生まれて来ておめでとう」


 翡翠ひすいの仔たちに祝福あれ。

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