第32話 蜂蜜酒

「「「…………」」」


 ミルテたちを我が家──と言うか、我がテリトリーを見てあんぐりとしていた。


 まあ、無理もない。村の外に住んでいるだけでも信じられないのに、村より発展してんだからな。


「まずは同居人……じゃなく、番犬を紹介するよ。翡翠ひすい! ちょっと出て来い」


 日向ぼっこを止めて犬小屋に入っただろううちの番犬を呼んだ。


「ん? 帰ってきおったか。腹が空いたので食い物をくれ」


 のっそりと翡翠ひすいが犬小屋から顔を出した。


 ……なんつーか、狛犬としての威厳が分単位で失われていと思うのはおれだけかな……?


「昼間食っただろう」


ぬしから魔力を取られると腹が空くのだ」


 そう言われたら返す言葉もない。今はこいつの魔力頼りで生きてんだからな。


「たまには鳥が食いたい」


「お前が満足する鳥なんていねーよ。蜘蛛でも食ってろ」


 この地域に怪鳥やダチョウのようなデカい鳥はいない。精々、カラスくらいだ。他は小鳥しかいないのだ。


 ……まあ、プテラノドンみたいな翼竜はいるけどよ……。


「あんな不味いもの食えるか。腹の足しにもならん。なら、蛇でも構わんぞ。デカいのおるじゃろう」


 いる。なぜかこの国には多種多様な蛇が生息している。それこそヤマタノオロチからアナコンダなんぞ目じゃない大蛇とかな。おれも傭兵時代に人食い大蛇を狩ったことはある。もう、メチャクチャだったよ……。


「あれは炙ると美味いと思う」


 ま、まあ、デカい蛇には魔石があるし、考えておこう。うん。


「今は森王鹿で我慢しろ。獲りにいく暇がない」


 万能さんがどんなに万能でも、纏えるのはおれだけ……あ、いや、そうでもないか。簡易万能スーツを作れば家のことはミタテた地に任せられる。


「分厚く切って炙ってくれ」


 そのうち室内犬になりそうだな、こいつは……。


「わかったよ。あ、今日から一緒に暮らす……って、どうした!?」


 三人が腰を抜かしたように地面に崩れていた。


 ってかおれ、学習しねーな。狛犬を前にして恐れないアホはいないだろうが。


「騒がしくなるのはごめんだぞ」


 我は知らぬとばかりに犬小屋へと引っ込んだ。


 はぁ~。忙しいぜ、まったくよ。


 半分ほど気絶している三人を家へと運び、我に返ったときに飲めるようにプロラジュースを丸卓に用意しておく。


 冷蔵庫へと向かい、森王鹿のブロック肉を出して厚目にに切り、塩を振り、串に刺して魔法の火で炙る。


「旨そうな匂いだが、さすがにおれも飽きたな」


 そろそろ肉がキツい年齢になってきた。さっぱりしたものか魚が食いたいな。万能スーツなら海までもあっと言うまだし、買いつけにいくのもいいかも。いや、なるべく早く買いにいくぞ。


 でも、それまでは森王鹿もりおうじかの肉だと、翡翠ひすいに持ってってやる。


「これでどうだ?」


 日に日に注文がうるさくなっていくのだ。グルメか!


「まあ、よかろう。腹が減っておるしな」


 そいらしくガツガツ食い始めた。串は器用に取るんだな。


「魔力をいただくとは言え、さすがに食い過ぎじゃねーか?」


 食欲も日に日に多くなってるぞ。


「調子が戻ってきた証拠じゃ」


 魔力を見ると、四千を超えていた。ってことは、完全になったら五千近くになるのか?


「朝、千もらって夕方には二千も回復すんのかよ。どう言う体だ?」


 いや、朝は六時で今は夕方の四時くらい。十時間も休めば回復するか。


「なら、もう千もらっても大丈夫か?」


 いざと言うときのために三分の一だけもらうことにしたのだ。死なれたら困るしな。


「構わんぞ。なんならもっと持っていけ。魔力も多すぎると魔狂いになるからの」


「魔狂い? なんだ、それは?」


 初めて聞いたぞ。


「我らは魔力を溜めすぎると狂暴になるのだ。暴れれば治まるのだが、我を失うので下手すると崖から落ちてたり人に殺されたりするのだ」


 あ、あの戦場に狛犬が現れた理由はそれか! 人を食うわけでもなく、ただ暴れるだけ暴れて去っていった。その後、どこかの傭兵団が倒したとかなんとか。よくは知らないが、まさかここで真実を知ろうとは夢にも思わなかったぜ。


「なら、二千、半分は大丈夫か?」


「もっとでも構わんぞ。ぬしにやっているのは表面的に溜まっておるものだからな」


 まあ、狛犬にも魔石はあると言う。そこに大丈夫なくらい溜まってるんだろう。


「んじゃ、まず半分もらうから、その後はゆっくりもらう。ダメだと思ったら言えよ」


「うむ。わかった」


 と言うので、まず半分。二千をもらい、百ずつ小分けにしてもらっていった。


「主よ。そんなものだ」


 三千五百か。もらえるのはありがたいが、体に負担とかないのか?


「もう少しいけなくはないが、まあ、完全ではないからこのくらいじゃろう」


 万能さんにより体の傷は治ったが、子を生むために使った体力や気力は自然回復がよろしいのだ。なんだかんだと言って治療は体に負担をかけるからな。


「我は寝る。夜にまた飯を頼むぞ」


 三千五百もの魔力をもらったらノーとは言えんか。


「あ、蜂蜜の酒はないか? 久しぶりに飲みたくなった」


「狛犬って酒を飲むんだ」


 それも初めて知ったわ。


「ああ、飲むぞ。ここではないところで、我らを祭るところがあっての、よく山に置いていくのだ。我は米の酒は好かんが、蜂蜜の酒は好きだ」


 今日は初めて聞くのが多いな。狛犬を祭るとか、この近辺では聞かないから東の国かもな。ちなみに、おれらは西の国の民です。


「蜂蜜の酒か。よしわかった。蜂蜜酒のバリスタを作ってやるよ」


 蜂蜜酒とは気がつかなかった。それなら大量に作れるぜ。

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