第28話 坊(ぼん)

 蜂蜜の金をもらい、懐に収めた。


 フフ。活動資金ができたぜ。


「……悪い笑いしやがって……」


 アロマさんの呟きに、さらに悪い笑みを浮かべてやる。


「おっと。顔に出てしまったか。ククッ。おれもまだまだ青いな」


 秘め事は無を持ってなせ、だ。


「あ、そうだ。肝心なことを忘れてた。アロマさん。タナガの爺様からタバコを買ってないか?」


 ここに来た目的の八割はタバコを買うためと言っても過言ではないだろう。


「買ってるよ。ちょっと待ってろ」


 よかった。タバコなんて村長や年寄り連中くらいしか吸わんからな、余分には買わないのだ。


 奥に下がったアロマさんが熊笹に包んだ薬丸を持って来てくれた。なぜか五つも。


「大量だな」


「吸うヤツが増えたんだよ。お前を真似してな。実はおれも最近吸い始めた」


 と、懐から短目のキセルを取り出してみせた。


「お、仲間が増えるのは嬉しいね。田舎じゃタバコはよく思われないからよ」


 知らないことへの拒否か、無知の成せる業かは知らんが、タバコは悪とか都会かぶれとか言われるのだ。これほど健康にいいものはないのによ。


「おれも吸うまではそうだったな。だが、吸ってみるとわかる。下手な薬より体にいいってな」


 ファンタジー成分入りなのか、吸うと体の調子がよくなり、風邪を引かなくなったりするのだ。


「そうだろそうだろ。一服すれば一日は寿命が伸びると言われてるからな」


 まあ、そんなことはないが、それだけ体にいいものだとの例えだ。


「ああ。村の爺様連中が酒代惜しんでタバコを買ってるよ」


「年寄り連中には効果的だからな」


 歳をとればとるほどタバコ愛好者が増えていくのだ。


「叔父貴!」


 と、またタルヤがやって来た。


「伝えたら人物帳から外すぞって、怒り出したぞ! 早く謝ったほうが言って!」


 まあ、恫喝政治で村を統治してればこうなるか。どうやらおれは村長に夢見てたようだ。まったく、情けない限りだぜ……。


「なら、好きにしろと伝えろ。滅びる村に未練はないわ」


 森王鹿の角を背負子に縛りつけ、よっこらしょと背負う。


「アロマさん。タバコの代金だ。取って置いてくれた礼に色をつけておくよ」


 銀銭三枚をアロマさんに渡した。


「あ、今まで世話になった礼に一つ、忠告だ。早く次を育てて引退しろ。老骨に鞭打つことになる前に、な」


 次の時代は次のヤツに任せる。それが一番だ。


「んじゃ、達者に暮らせよ」


 兵士や傭兵をやっていたから別れには耐性がある。いや、耐性をつけないと生きられない。つけられないヤツは心を病むか、早死にするからな。


 問屋所を出てると、人馬組じんばぐみの連中が不安そうにおれを見ていた。


 田舎の連中は無知な代わりに場の空気を読めるのに長けている。まあ、出る杭は打たれるではないが、自分と違うものを拒否し、異物と思って排除するのだ。


 だからって、それを悪と断じる気はない。そうなる理由があり、それで生きてきたのだからこの時代では正なのだ。


 だが、必要なときに正を悪に変えれなければ滅びるだけ。自業自得だ。結果は甘んじて受け入れろ、だ。


 ……しかし、そうなると今日中にカナハを確保せんとな……。


 幸い蜂蜜を売った金があるし、それをすべて出して引き取る方向でいこう、と結論を出したとき、後ろから地面を叩く音に気がつき、なんだと振り向いた。


「……誰や……?」


 こちらに駆けて来るのは二十歳前後の男……あ、村長の孫だ。名前は……なんて言ったっけ? 顔は知ってるが、接点がないから孫としか認識してなかったわ。


「魚屋!」


 とはおれの蔑称だ。魚を卸しているからそう名付けられたらしい。


 まあ、別になんと呼ばれようと構わない。兵士や傭兵時代は本名を呼ばれるなんて滅多にない。


 いつ死んでもわからない者を名前で覚えるヤツはいない。大体が見た目や出身で名前が決まるのだ、そのほうが覚えやすいから。


 おい、お前、なんて呼ぶアホはまだマシなほうで、最悪になると十把一絡げ。自分の目の前にいるヤツらが自分の盾としか思えないヤツがいたもんだ。


 それに比べたら魚屋なんて愛情に溢れた渾名あだなである。訂正する気にもなれんわ。


「なんだい、ぼん?」


 確か周りからそう呼ばれていたはずだ。


ぼんじゃない! リュウザだ!」


 走って来たことも加わり、さらに顔を赤くして怒鳴った。


 ああ、だから坊ぼんなのか。フフ。上手いこと言うもんだ。


「で、そのリュウザ坊ちゃんがなんかおれに用かい?」


「リュウザと呼べ!」


 な、なんと言うか、絵に描いたような若者だな。こんな純な若者を見るの久しぶりだわ。ちょっと感動したわ。


「そうかい。なら、また呼びそうになるからおれは去るよ」


 さいなら~と坊ぼんに背を向けた。


「待て、魚屋!」


「おれに待つ理由はない」


 バッサリと切り捨てる。


「待てと言っているだろう!」


 が、若者らしい若者は不滅。いや、都合の悪いことには目を向けず、自分の主張が優先されると本気で信じる生き物。無謀にもおれに突っかかって来た。


 坊ぼんの手がおれの肩に触れる前に、ブレードを抜いて、その首筋に当てた。


「剣を持った相手の背中から向かって来るのはすなわち、殺してくださいと言っているようなもの。うかつに近寄るな」


 まあ、殺したら罪になるが、傭兵なんて抜き身の刃。斬り殺した話なんて枚挙にいとまがないわ。


 これと言って殺気は含ませてないのだが、剣を向けられたことがショックだったようで、腰を抜かして地面にしりもちをついてしまった。


「……少し、やり過ぎてしまったか……」


 まったく、おれもまだまだ青いわ。 

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