第27話 混乱はすでに始まっている
「マダサ爺さんがいなくなったが、別の物も買い取って欲しいんだが」
問屋所のナンバー2たるアロトさんに話を振った。
マダサ爺さんのように飛び抜けた才はないが、四十年近くここにいる。並み以上にはできる男なのだ。
「お前はうちの
「さすがに森王鹿の角以上のものは出せないよ。買い取って欲しいのは、さっきも出た蜂蜜だよ」
背負子の引き出しから木の容器を取り出す。
「これ全部蜂蜜か?」
「ああ。蜂蜜を集める魔道具を借りたんで楽……にではないが、人の手よりは採りやすくなったのさ」
危ない危ない。ポロッと真実を言いそうになったわ。
「まあ、これは依頼分の余りだ。さすがに一人でこの量は食えんからな」
「蜂蜜を集める魔道具、ね。まあ、余計な詮索はしないさ。物がいいのならな」
伊達に四十近くもやってない、か。マダサ爺さんの跡はアロトさんに決まりだわ。
「買い取りはするが、味も知らんでは値はつけられん。一つは味見にもらうぞ」
「ああ、構わんよ。その味に満足したら色をつけてもらうからよ」
ニヤリと笑って見せる。そっちの提案を飲んだんだからこちらの提案も飲んでくれよ、とな。
「悪童再来だな」
昔のおれ、そんなに酷かったですか? 茶目っ気のある悪戯小僧レベルだと思……わないですね。昔のおれ、メッチャ悪童でしたわ。
容器の蓋を外して、ちょっと指につけて舐めるアロトさん。
「……旨い。ってか、なんだこの雑味の欠片もない蜂蜜は? おれが食った中で最高品質だぞ!」
あ、逆に品質がよくて失敗したパターンだ。修正せねば。
「だろう。大陸の魔道具は恐ろしいわ」
動揺を無理矢理抑えつけ、余裕のよっちゃんな態度で答える。
「まあ、確かに大陸の魔道具は恐ろしいな。あんなのが大量に流れて来たら世が混乱するわ」
「いや、もう混乱してるだろう。村の人余りにお上からの農地拡大と、その波がこの村まで来てんだからよ」
そうわかったのは前世の記憶が蘇ってからだが、今生の記憶を探ればいろんなところに前兆はあったものだ。
「……言い切るんだな……」
「そうとしか言い様がないんだからしょうがないだろう。それよりもわかったのなら対策を考えたほうがいいぜ。魔道具はこれからも流れて来る。これはもう止まらない。いずれは稲刈りの魔道具だって出て来るぜ。そうなったらさらに人は余る。確実に村は荒れるぜ」
村の中だけで収まればいいが、まあ、収まらないどころか国全体に広がるだろうな。
「……どうしたらいいんだ……?」
「それはお上に問うしかねーな。なに、村がどうこうなるのは次の世代。アロトさんは引退してるか死んでるかのどっちかなんだ、気にしてもしょうがないだろう」
まあ、早ければ十年。遅くても二十年だとおれは見る。マダサ爺さんは……生きてはいるだろうが、引退はしてるだろうし、アロトさんも次世代に受け継ぎしているはず。気にするだけ損ってもんだ。
確実に生きているおれは今から準備しますがね。
「叔父貴、いるか?」
と、タルヤが現れた。
「おう、タルヤ。村長んとこでなにしてんだ?」
叔父貴と呼ばれたように兄貴の息子で三男。歳は十九だったかな?
「おれは去年から
あ、言われてみればいなかったな。気にもしなかったわ。
「走り番とは出世だこと。ってか、よくなれたな」
走り番とは伝令兵みたいなもの。賢さ、体力、度胸、誠実さなど、求められる能力はたくさんある。そのため、素質のある子は小さい頃から村長のところに引き取られ、厳しい訓練をさせられるのだ。
十八歳からなんて、余程の能力がなければ任命されたりはしないのだ。
「おれが叔父貴にいろいろ教わったのを知った若頭が走り番に推してくれたんだよ。カルマも一緒によ」
「カルマもか!?」
タルヤの弟だが、兄弟でなるなんて快挙だろう。
「そんなことより村長が呼んでるんだ、来てくれ」
と、命令してきた。
「タルヤ。そこで素直に頷けるのは村の者だけだ。半村人たるおれには半分しか従う義理はない」
「お、叔父貴?」
「ってことを村長に言ってこい。そんときの村長の顔と態度をよく見ておけ。怒るか笑うか、それで相手を下に見てるか、上に見てるか、そこからわかることはいくらでもある。走り番は伝言を伝えるだけじゃなく、伝える相手の立場も理解しなくちゃならん。上から下に伝えるか、下から上に伝えるかで口調や態度を変えなくちゃ、無礼にあたり、相手を怒らす場合がある。それは身内でも同じだ。村長の失敗を未然に防ぐのは走り番なんだからな」
村の走り番に、兵士のような厳しい能力を求めるほうがどうかしてるが、伸びるなら伸ばしてやりたいと思うのが身内の情である。
「ほら、勉強してこい。お前の失敗はおれが引き受けてやるからよ」
問屋所からタルヤを追い出した。
うしろ髪引かれそうな顔をしながら村長のところに駆けていった。
ふふ。さあ、我が村の導き手はどう出ますかね?
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