第29話 親子

「おれはぼんの祖父から人物帳から外すと言われ、それを承諾した。なんで、ぼんの言葉に従う理由はなにもないんだよ。用があるなら筋を通しやがれ」


 ブレードを鞘に戻し、ぼんに背を向けた。


 なにかぶつぶつ言っているが、なにを言っているかわからんので無視をする。


「さて。兄貴は田んぼかな?」


 今はだいたい三時過ぎ。まだ働いている時間。なので、兄貴の田んぼへと向かってみた。


「もうここら辺は田植えしてあるんだな」


 本当の畦道あぜみちを歩きながら、時代の流れが急速に動いているのがわかる。


 アロトさんにも言ったが、田植えをする魔道具があるなら稲を刈る魔道具もあるはずだ。それは対みたいなもの。どちらかだけなんてあり得ない。必ず二つを考えるものだ。


 考えたヤツが天才なのか、時代が求めたものかは知らないが、稲を刈る魔道具は必ずあるし、必ず持つ様になる。


 そして、そうなれば仕事量は必ず減るのだ。


 言い方は悪いが、質を求めなければ米農家は楽な商売だ。


 もちろん、天気次第の商売なので毎年上手くいくとは限らないし、サボれば儲けも薄くなる。この世界のこの時代と限定されるが。しかし、作業が魔道具化されれば夫婦二人でもやっていけるようになるだろう。


「なのに、子どもをポンポン産んでたら儲けるどころか損するだけだろうに」


 畦道で田植えする魔道具を眺める、次男や三男だろう見て思わず口に出してしまった。


 ……少し前は家族全員で、朝から日が沈むまでやっていたものなのにな……。


 楽な時代になるのは歓迎だが、楽な時代なりの問題が出てくるんだから人の世は無常だな。


 畦道を進むと、兄貴の田んぼもにも田植えの魔道具が入り、親父やお袋、兄貴の嫁、長男とその嫁が田植えをしているのを眺めていた。


「おう、親父!」


 時代の変化についていけないって顔をする親父に呼びかけた。


 親父もお袋も六十は過ぎてるが、足腰は元気なようで、背筋は曲がっておらず、くたびれ感もなかった。


「やっぱり生きてたか」


 おれを見るなり苦笑する親父。久しぶりに来た息子に連れないな~。


「しぶといのがおれの自慢だからな」


「……そうだな。お前は昔っから悪運だけはよかったからな……」


 そこは努力と根性があったから、と言って欲しいね。でもまあ、前世の神様や今生の神様にかかわってんだから変な運はついてそうだな……。


「暇そうだな」


「ああ。魔道具に仕事を奪われてすることもねーよ」


 どの家も小さな畑は持ってはいるが、そう人手がかかるほどでもない。内職も女で間に合っているから余計にやることがないのだろうよ。


「……このままだと、山にいきそうだな……」


 項垂れる親父とお袋。乳母捨て山とかマジである世界だし、この村でも毎年のようにある。これで笑えてたら逆に不憫で泣けてくるわ。


「なら、藁座布団や木皿を大量に作ってくれ。木や削る道具は渡すからよ」


 どちらも各家で作るもの。親父やお袋なら難なく作れるものだ。


「そんなものどうすんだ?」


「売るんだよ。おれが。なんで、藁座布団十枚で銅銭一枚。木皿は二枚で銅銭一枚。あ、箸も頼む。どうだ?」


 と尋ねるが、よくわかってない顔をする親父とお袋。姉貴たちはポカーンである。まあ、無理ねーか。


「まあ、うちでゆっくり……はできないか。夜にまた来るから米を用意しておいてくれ。あと、カナハに薪を渡したから使ってくれ」


 思考が働かない三人に一旦別れを告げてその場を後にした。


 畦道を辿り、南の花原はなはら集落に来ると、一人の少年がおれくらいの年代の男に棒で殴られていた。


 棒で叩く折檻など珍しくもないと、立ち去ろう──として待ったをかける。


 ……あの少年、山にいた少年じゃないか……。


「このろくでなしが! 十にもなってまともに仕事ができねーのか!」


 今の状況で十歳の子どもになんの仕事があるんだ? 大人でも仕事がないと嘆いてんのに。


 少年は体を丸くして頭を守っているところを見ると、殴られ慣れている感じだな。


「サマルさん! 許してやっておくれ!」


 と、母親らしい三十前後の、くたびれた感じの女が少年にかぶさって男から守った。


 男をさんと呼ぶところからして夫婦って感じではないな。しかも、家の敷地内でやっているからにはこの三人は家族ってことだ。


 兄弟、って感じではないな。親戚、か? でも、親戚が甥を殴るか? なんだこの状況は? よくわからん。


「おれのやり方が気に入らないのなら出て言っても構わないんだぜ、姉さんよ」


 男はフンと鼻を鳴らすとどこかにいってしまった。


 他人に家の事情に首を突っ込むもんじゃないが、おれたちの意志を継ぐ者は仲間である。


 仲間は助け合え。一人じゃなにもできなくても集まればなんでもできる。


 そう、おれが言って、あのクソったれな時代を仲間とともに生きてきた。


 言った本人が破るようでは、死んでいった兄弟や仲間たち、この少年に顔向けができんわ。

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