第67話 ジョーク

 やはり、華絵屋はなえやの蕎麦は旨いね。いや、魚の煮付けも五目飯も旨い。やはり、料理人は必要だよな。


「ご馳走さま。旨かったよ」


「随分と上品な食い方をするようになったね」


「まあ、一家を築こうとしたら品性や品格は大事だからな、粗野に見られないよう注意してんのさ」


 なんて適当なことを言っておく。と言うか、そんなに下品な食い方してたか、おれ?


「食後はやっぱり玄米茶が一番だな」


 これも久しぶりに飲むと旨い。靴を持っていくとき三納屋から分けてもらおうっと。


「タバコ、いいかい?」


 マナーも心がけんとな。


「構わんよ。うるさいホクトもおらんしな」


 そう言うと、箱を引き寄せ、中からキセルを出して薬丸を詰め、火をつけて吸い出した。


玉緒たまおさん、前から吸ってたっけ?」


 吸ってるとこ見たことなかったが。


「ホクトがいないときに吸ってるよ」


「それ、大陸産のタバコかい? 臭いがキツいが」


 久しぶりに嗅ぐな。


「ああ。だからホクトがいないときにしか吸えんのだ」


 確かに、大陸産のタバコは前世のようなタバコだ。吸わない者には不快だろうよ。


「お前は気にならんのか?」


「これを吸う前は大陸産のタバコを吸ってたよ。傭兵を止めてから変えた」


 大陸産のタバコは高い。その日を生きるのが精一杯の暮らしではとても買えはしない。それに、もうタバコで誤魔化す暮らしではなくなったしな。


 おれもキセルを出し、薬丸を詰め、火をつけて吸う。ふ~。今はこちらが旨いな。


「大陸から商船はきてんのかい? あまり見ないが」


 前は頻繁にきて、いろんなものが店に売られていたんだがな。久しぶりにきたらまったく目にしない。なんかあったのか?


「どこからか迷い込んできた海竜に襲われて、航路を田尾たお方面に変えたらしいよ」


 田尾たおってどこだっけ? 名前はよく聞くが、地図がないからよくわからんわ。


 子どもの落書きみたいな地図はあるが、あれでわかるのは地理に詳しい者だけ。いろんなところにいったおれでもわからないものだ。


「この国も飛空船を使ってくれると助かるんだがな」


「こんな辺鄙な島の貧乏国では無茶な話さ。あれは金食い虫らしいからね」


 辺鄙なんだ、ここって。まあ、この文化の低さじゃ当然か。三万人くらい住む三賀町ですら芝居小屋一つなく、大道芸人がいる程度。本もあるにはあるが高価だし、音楽も三味線的なものがあるが、一般に広まっているとは言い難い。前世のとは違う花札遊びが精々楽しまれている感じだ。


 ……娯楽、か……。


「賭博とか儲かるのかい?」


 チンチロリンは傭兵の間でもやるが、それは暇潰しや遊びだ。本気になるものではない。仕事が終われば酒を飲むか蝶を買うかのどちらか。ギャンブルに嵌まるヤツはいなかった。


 ……傭兵なんて、命を賭けたギャンブルみたいなもんだしな……。


「そう大した儲けは出ないね。金を持っているヤツも少ないし」


 暮らしに余裕がないとギャンブルも発展しないのかね? ギャンブルしないからよくわからんわ。


 そんなたわいもない世間話をすること一時間。世話婆せわばばが戻ってきた。


 なにか憔悴し切った感じで座り、清酒の瓶をつかみ、蓋を外してラッパ飲み。一リットルを一気に飲み干す。大丈夫か?


 玉緒たまおさんを見れば、世話婆せわばがなにも言わないことに、しれっとタバコを吹かしている。


 おれも世話婆せわばばが我を取り戻すのを待つ。


 薬丸が燃えつきる頃、やっと世話婆せわばが我を取り戻し、睨むよいにおれを見た。


「なんだい、あれは?」


「梅毒を治す薬だよ」


「ふざけるんじゃないよ! 腐ってなくなった足まで治る薬が梅毒の薬なわけないだろ!」


 死に際のヤツに使えとは言ったが、まさか欠損してるヤツに使うとは思わなかった。


「いや、主な成分は梅毒を治すためだ。だが、裏町の実力者相手に荒唐無稽な話をするんだ、並みのものなんか渡したら海に浮かぶことになる。見せ金は派手にしないとな」


 どんなに力を持とうと、世の中には敵にしたらダメなヤツはいる。ましてや目的を果たすための重要な駒だ。捨てるなんて考えられない。ならば、最高のカードを切るしかないだろう。


「あれは、まだあるのかい?」


「あるかないかと言えば、ない。が、材料と魔力があればいくらでも作れるよ。ちなみに、渡した薬には森王鹿の角、金桃、その他諸々の薬草、そして、玉緒たまおさんの全魔力を注げば作れるよ」


 ちょっとしたハッタリとかなりの虚偽が含まれているが、まあ、それは些細なこと。すべては作れるかどうかだ。


「効果を落とせば日に三十本は作れるし、避妊薬は一本銀銭一枚で卸せるよ。まあ、これに魔力を注いでくれれば、その分安くはできるぜ」


 村で出したガラス板を万能空間から出して、玉緒たまおさんの前に置く。


「それに手を当てて、魔力を流してみな。あ、流せば流すほど安くなるぜ」


 ふんと鼻を鳴らし、ガラス板に手を当てる。


 ゾワッとするほどの魔力が部屋に満ちたが、すぐにガラス板に魔力が吸い取られた。


 ……これだから、この人は敵にしたくないんだよな……。


 ガラス板に吸い取られた魔力は十万近く。どんだけうちに魔力を秘めてんだよ。


「ほぉう。なかなか優秀なものだな。壊す勢いでやったのに」


 その前にこちらの心臓が止まるわ! 万能変身能力がなかったら体が吹き飛んでるわ! クソ妖怪がっ!!


「……あんたは魔王か……」


 大陸の向こうにはいると言う魔の化け物。まさにそれに相応しい魔力だったわ。


「昔のことよ」


 うん。冗談だね。玉緒たまおさんジョークでしょ。わかってるわかってる。


 根性で流し、万能薬を三本。避妊薬を二十本作り出して、炬燵の上に置く。


「……魔力代を引いて金銭五枚と銀銭十枚だが、それは人買いに回してくれ」


「よかろう」


 と、玉緒たまおさんがニッコリ微笑んだ。


 ……悪魔と取引した気分だぜ……。


 だが、それでも、この人とは敵対したらダメだ。少なくともおれの実力が世に知られるまでは……。


 心を隠し、恐怖を抑えつけ、こちらもニッコリと笑う。


「それはなにより。仲良くいこうや」

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