第66話 悲しい世

 気を落ち着かせるためにビールを一気飲み。まったく、気をつけていても妖怪相手は寿命が縮まるぜ。


「……世話婆せわばに頼みがある。売られてくる娘を買い取って、しばらく華絵屋はなえやで教育してもらいたい」


 そう二人に告げると、まるで興味なしとばかりにビールを呷る。


 まあ、これは二人のポーカーフェイス。おれの言った言葉を探っているのだろう。


 人買いは裏町の管轄。紹介屋が仕切っている。華絵屋はなえやはかかわってないが、芋虫は紹介屋から買い、花屋で蝶に育てる。


 何百年と歴史があるから華絵屋はなえやの教育はしっかりしており、蝶に不向きな芋虫は飯炊きや掃除を教えて、他に売っている。まあ、人材教育と人材販売をしているのだ。


「花屋でも開こうって言うのかい?」


「強豪揃う町でやろうとか、笑い話にもならんわ」


 花屋なんて一朝一夕でやれる商売ではない。人を育て、地域に根付き、裏社会で力をつけ、長い年月をかけて花屋となるのである。


 まあ、それは世話婆せわばの受け売りだが、通っていればわかる。これは完成された社会だってな。


 これを壊すにはもう町そのものを一旦取り払うしかない。もちろ、そこに住む者も一緒に、だ。


「おれは一家を築いて商売をすることにしたんだよ。そのための人材収集さ。ただ、人を集めたところですぐに仕事なんてできないし、育てる余裕もない。そこで、華絵屋はなえやにお願いしたいわけさ」


 飯が作れて掃除ができて、読み書き計算、社会の常識、生きる強さ。無知無学なんて使い所がなさ過ぎて発狂するわ。使い潰すならそれでもいいがよ。


「随分といいように利用してくれるじゃないか。酒では割に合わないよ」


「もちろん、礼は別に用意するよ」


 万能素材で針を使用しない注射器を作り出し、炬燵の上に置く。


「これは?」


「梅毒を治す薬だよ」


 眉をしかめながら沈黙する二人。まあ、それは無理もないか。


 魔法あり魔術ありの世界だが、病気を治すものない。噂では失った腕も治す薬があるそうだが、そんなものが町の薬屋で売ってるわけもない。


 皇族とか大領主、金持ちなら持っているかも知れないが、一般人に渡る薬なんてないよりはマシ程度。まあ、ファンタジーな薬もあるにはあるが、金銭一枚か二枚で買うようなもの。一般人は買えたものじゃない。


「もう一本やる。試してみな」


 魔術による避妊法はあるが、感染してたら防ぎようもなく、そう言う細かい知識もない。一般に売られている薬で症状を騙す程度だ。


 感染したらどこかに隔離され、死ぬまでそこにいるらしい。


「……本当だろうね……?」


 至極当然の疑いの眼差し。そうなんだ~と逆に信じられたら対処に困るわ。


「そのための試しさ。死ぬ間際のヤツに使いばいい。死ねば毒。治れば薬。単純な話だ」


 そして、おれの首が飛ぶだけだ。


「まあ、話にもならないって言うなら断ってくれても構わない。とても信じてもらえる話じゃないしな」


 信じてもらうためのプレゼン? 前振り? はしたが、おれたちの間に信頼も信用もない。単なる飲み友達。それ以上でもなければそれ以下でもない。


 一分二分と沈黙が続くが、二人苦渋の表情を隠そうとしなかった。


 もう一押しかと、ピンク色の針なし注射器を作り出す。


「避妊薬だ。それを肌に直接射てば一日は持つ。もちろん、男でも女でも効果はあるぜ」


 と、自分の腕に押しつけ、頭のボタンを親指で押す。


 中身の液体(ナノマシン入り)がなくなったのを二人に見せる。


「──ハイマ! ちょっとお出で!」


 決断したのは世話婆せわばのほう。誰かを呼ぶと、すぐに中年の男が現れた。


「へい。なんでしょうか?」


「ヤマメにわしがいくと伝えな!」


「へい。わかりやした」


 世話婆せわばの命令になにも疑わない男は、頷き一つして下がった。さすがだね。


「タカオサ! わしが帰ってくるまでそこを動くんじゃないよ!」


 了解とばかりにコップを掲げてみせる。もとよりそのつもりさ。


「姐やん、頼むよ」


 世話婆せわばの言葉に、玉緒たまおさんもコップを掲げてみせた。


 その姿からは想像できない速さで部屋を出ていった。


「……元気なばあ様だ……」


「わたしもびっくりだよ。あれこそ妖怪だね」


 その言葉に肯定はせず、苦笑いで返した。何度も命は晒したくはない。


「そろそろ昼なんで、なんか飯を頼んでもいいかい?」


「オハツ」


 と、小さな声なのに、厨房のほうから返事が上がった。


 数秒して十六くらいの娘がやってきた。


「少し早いが飯にしておくれ。わたしは魚だ。お前さんは?」


「蕎麦と魚の煮付け、あと五目飯を頼むよ」


 意外と、とは言っては失礼だが、ここの飯は三賀町一旨いのだ。


「へい。すぐに用意致します」


 娘が去り、沈黙が満ちる。


 ビールも尽きたので、食前酒としてプロラ酒を出し、コップに注いだ。


「……酒かい?」


 どうぞとプロラ酒を玉緒たまおさんのコップに注いでやる。


 香りを確かめ、少し口に含み、舌で転がし、そして、飲み込んだ。


「これは、いくつ用意できる?」


「それは六原屋に卸す予定だから、出たら買ってください。ただし、原料がプロラだから一年は通して飲めるものじゃないのでご注意を」


 もちろん、相談次第では融通するのも吝かではありませんぜ、と指で銭の形を作ってニヤリと笑う。


「……清々しいほどのゲスな要求をするよな、お前は……」


「世の中、誠意だけで動いてくれるヤツがいないんでね」


 まったく、悲しい世だぜ。

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