第17話 魔力が多い
いきたくないと言ってもカナハに拒否権はない。家を出ない子どもは親の所有物。どう扱おうと親次第。誰も文句は言ったりしないのだから。
嫁にいければそれが一番だが、言ったようにカナハの年代に男は少なく、大体は結婚している。
いや、正解に言うのなら家を継げる長男がいないってことだ。次男三男ならそれなりにはいる。おれが知ってるだけでもカナハの同年代は五人はいる。
だが、前に言ったように次男三男なんて家の奴隷だ。余程の幸運がなければ結婚もできない。ただ、付き合うことはできる。茨の道を歩みたければな。
この時代は、仕事を探すのは困難だ。町なら日払いの仕事もあろうが、田舎じゃ余った地で畑を作るか、儲けの薄い内職をするぐらい。とても生きられたもんじゃない。
そもそものことにして家を出るの選択肢がなかったりする。
学もなく知識もなく、狭い世界しか知らない農民にできることは少ない。だったら、その少ないことにチャンスを、と夢見て出ていって成功した話は聞いたことがない。
まず間違いなく、田舎より酷い扱いをされて早死にしていることだろうよ。そう言うのを餌にするクズは町にたくさんいるからな。
「ほら、洗い終わったら石鹸を流すぞ」
「……うん……」
湯球の穴を増やし、多目に降らす。
「石鹸はしっかり流せよ」
しょんぼりするカナハに声をかけるが、これまでの不安が出たのか、動こうとしなかった。
前世の記憶を遮断したとは言え、少なからず今生のおれに影響を及ぼしている。十六歳の姪を洗うとか変態か! って思いがあるのだ。
そんなこと誰も思わねーよ。とわかっていても手が出せないので、湯球を操作して四方からお湯をかけてやった。
……まったく、前世の記憶と言うのも面倒臭いものだぜ……。
「よし。ほら、隣の盥に移れ」
お湯を浴びたことで多少なりとも気分が回復したのか、隣の盥に移ってくれた。
底の深い盥は浸かる用なので、湯球を飴細工のように伸ばして盥へと入れ、包む魔力を解いた。
「ひゃっ!?」
それに驚くカナハがなんとも可愛いこと。
「熱くないか?」
「……ちょうどいい……」
「そうか。ゆっくりつかれ。今、疲れが取れて肌にいい薬丸を入れるからよ」
前世のおれはバスク○ン派で、必ず風呂には入れる派だった。まあ、前世より効果が出たのはご愛嬌。この世界の植物はすこぶる優秀なことに驚いたよ。あんな雑草があんな効果を生むなんてな。
薬丸をお湯に入れると、しゅわ~と溶け出した。炭酸成分入りだ。
「なんかピリピリする!」
「慣れるとそれがいいんだよ。百数え……れないか。五分……もダメか。不便と思わないで生きてたおれ、スゲーな」
数字も時間の概念もあるし、町ではそれなりに普及している。おれは兵士時代に数字も時間も叩き込まれたから知っている。
だが、田舎には数字も時間もない。いや、村長のところは知ってはいるし、使ってはいるだろうが、農民にはまったく、とまでは言わないまでも、百まで数えられる者は皆無。精々、五十まで数えられるくらいだろう。時間なんて太陽で知るくらい。
ほんと、それで生きられることにびっくりだよ。いや、この六年、それで生きて来たけどよ……。
「おじちゃん?」
「いや、悪い。のぼせる……ってことも知らないか。どこまでも不便だな、こん畜生が」
知ってることが幸せなのか、知らないことが不幸なのか、よくわからなくなって来たぜ。
「はぁ~。まあ、がまんできなくなるまで入ってろ。その間に服洗っておくから」
分離させた湯球も操作し、回していたので濯ぎに入ってもいいだろう。
カナハを洗った盥の湯だけを吸い上げ、湯球──だと紛らわしいから洗濯球と呼ぶか。で、その洗濯球に湯を出し、抜けたら盥の湯を入れる。
それを二度繰り返し、泡が消えたら湯を排出。洗濯球全体に小さな穴を開けて回転させる。まあ、脱水だな。
水が切れたら熱風を混ぜながらまた回転させ、見た目でふんわりしたら終了だ。
「スゴいねおじちゃん! お伽噺に出て来る仙人みたい!」
魔術士の最高到達点が仙人なんだよ、この国ではな。
「そこまでスゴくはないさ。並みの魔術士ならできる技さ」
まあ、できてもやろうとは思うまい。こんな下働きみたいなことはな。魔術士はエリート中のエリートだからよ。
「いいな~。あたしもできたら洗濯屋でも開くのに」
その発想はなかったな。こいつ、予想以上に賢いぞ。
「すべては魔力次第だからな」
「そうだね。あたし、火を出すことしかできないし」
それは残念と言いかけて、前世の記憶が待ったをかけた。なんだよ、いったい?
本当に遮断してんのかと思いながら前世の記憶と交換する。今生のおれより賢いからな。
まあ、なにが変わったってわけでもないが、前世の記憶のほうが考えるに適してる感じなのだ。深くは訊かないで。
「カナハ、お前、火を出せるって言ったか?」
「うん。ちょびっとだけどね」
と、指先にライターの火くらいのが生み出された。
ちゃんと待て。ちょっと待て待てちょっと待て。落ち着いていこうじゃないか。
この世界、かどうかは知らないが、大抵の人には魔力があるとされる。今、カナハが言った通り、農民だって持つ者はいる。火つけは女の仕事ととも言われている。カナハができてもなんら不思議ではない。
よし。ここまではオッケー。じゃあ、次だ。
魔力がある。個人差はあるが、魔力は誰にでもあるのだ。ってことは、だ。なにも魔石を集めなくても人から集めるほうが簡単じゃねーか。
「カナハはどれくらい魔力ある──なんてわからんか、クソ!」
いや、こんなときこそ万能さんの出番だろうが! 万能さん、魔力を数値化できる計測器か能力をお願いします!
おれの呼びかけに、万能さんは能力で示してくれた。
なんかステータス画面に似てなくはないが、今はカナハの魔力だ。どれどれ……。
「……魔力62……」
おれより多いじゃねーか!
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