第16話 村の実情
徴兵されるまで、おれには六人の兄弟がいた。
長男、長女、次男、おれ、弟、妹、弟だ。
徴兵されたのは当時、十七の次男と十五のおれ、そして、十四歳の弟の三人だ。
兄貴は長男で許され、女は徴兵されず、二十五歳から十三歳までの男が徴兵された。これは、他の家も同じで、村の存続にまで影響されるものだった。
まあ、村の存続って言っても、次男三男なんて家の奴隷みたいなもの。存在価値は低くく、いざとなれば放り出される運命だ。まだ戦場で名を上げられる機会をもらったと喜ぶ者が結構いた。かく言うおれもその一人だったよ。
毎朝早くから起きての農作業に、わずかな飯。これで楽しい人生とか喜べねーよ。毎日ここから逃げることばかり考えていた。
だから徴兵は嫌なものではなく、チャンスだと思った。これからおれの時代が来ると思ったよ。名を上げるんだと息巻いてたよ。
まあ、そんな闘志も殺し合いが始まるまで。死にたくないと泣き喚き、しょんべん漏らしながら敵を殺していたっけ。
敵を殺そうが徴兵された者なんて使い捨て。兵士の盾でしかない。いくら殺そうとも報償金どころか飯の量が増えることもなかった。
クソだ! こんなところはクソだと、毎日呪いの言葉を吐きまくってたよ。
だが、それでも男はマシだった。使い捨てでも、頑張れば生き残れ、不味いが飯が食えた。奮闘すれば隊長になれ、いい武器を与えられ、優秀なら兵士への道があったんだからな。
そんな才覚もなく、死んだ者もマシだろう。このクソったれな世界中から早々におさばらできるんだからよ。下手に気が狂って、盾どころか味方の練習用の的になってるヤツもいたくらいだからな。
この時代で一番可哀想なのは女だ。男が奴隷なら女は家畜だ。口にするのも酷いことがまかり通っていたもんさ。
まあ、時代と言ってしまえばそれまでだが、その時代を生きてる者にしちゃ地獄も同じだわ。
あまり女の子の悲劇は聞きたくないが、耳を塞いでも蝶の囁きは耳に入って来た。
顔のいい女は蝶へと変えられ、売れ残りは売れ残りの男に嫁がされる。
金のある男には二人三人と押し当てられ、まあ、アレな感じで生きなければならない。
田舎だから部屋なんて一つしかなく、家族がいる中ハッスルのフリーダム。それも田舎の性教育だと、まあ、昔から用いれられている。
おれの両親もそう。子どもは寝た振り、知らん振り。子どもはそうやって子ができると知るのだ。
外の世界を知ればそれが歪だと知るだろうが、その世界しか知らない者にはそれがすべて。当たり前に無頓着に、こんな感じに育つのだろう。
前世を知るだけにやるせないが、今生を知るだけに受け入れもできる。
……まったく、一番に歪んでいるのはおれだな……。
「なあ、カナハ。村での暮らしは楽しいか?」
「どうしたの、突然?」
まったく、どうしたんだろうな。おれにもわからん。
「……まあ、楽しいか楽しくないかと訊かれたら、あんま楽しくないかな。毎日水汲みに雑草取り、内職に縫い物。にいちゃんが結婚してから寝るのも納屋だし、飯は少ないし……」
魔道具が渡来して来ても田舎の暮らしにそう変わりはないか。身売りがないだけマシだろう。
「よし。石鹸を流すから目を開くなよ」
「うん」
また湯球に小さな穴をいくつも開け、泡だった石鹸を流した。
「さっぱりしただろう?」
綺麗に泡がなくなり、ゴワゴワだった髪が艶やかになった。
「うん! こんなに頭がすっきりしたの初めてだよ!」
喜ぶカナハにおれも嬉しくなった。やっぱり子どもは笑っているほうがいいわ。
「んじゃ、次は体だ。これに石鹸をつけて洗え」
細ウリを干して繊維だけにしたもので、皿や家畜を洗ったりするものだ。
「軽くでいいからな。あんま強く擦ると肌を痛めるからよ」
「わかってる。ねえちゃんでやったから」
体を洗うカナハを苦笑しながら眺める。
食生活が貧しいのに、年齢以上に育っているよな。姉貴もそうだし、カナハの姉、ヨハナもそうだ。これはうちの血かね?
「カナハは好きな男はいるのか?」
年齢的には嫁にいっても不思議ではない。早いとアレが始まったら、とかあるからな。
「え、いないよ。皆結婚してるか下しかいないもん」
たまに男女比が狂うときがあり、同年代の異性がいないときがある。
女なら五つ上でも問題ないが、その五つ上の野郎どもはさらに五つ上の嫁をもらい、女余りになっている。
なら、おれの嫁に来てくれよと叫びたいが、自分一人を生かすのが精一杯で、田んぼを持ってない男のところになんて来ない。時代は田んぼを持っている野郎が勝者なのだ。
「……おじちゃん。あたし、もしかしたら奉公に出されるかも……」
「今?」
奉公に出すなら十一、二歳だ。十六歳でとなると……アレしかねーか。
「兄貴、借金なんてしてないだろう?」
まさにザ・長男って感じの男だ。堅実な生き方しか見てないぞ。
「おかあちゃんに妹か弟ができたかもしんないの」
親父、お袋、兄貴、嫁、息子夫婦にその息子。そして、姪二人と言った構成だ。
よくある家族構成。村の七割はそんな感じだろうよ。
「……はりきりすぎだろう……」
ったく。夫婦仲がよいのはいいが、年と家計と家族構成を考えてやれよ。子どもができる仕組みわかってんだからよ……。
「……あたし、いきたくない……」
知識や羞恥心はなくてもよくないこととはわかるのだろう。こいつは賢くて空気が読める子だからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます