第15話 魔力
うん。温度は40度。まあ、こんなもんか。
「おし。カナハ、服脱いで盥に入れ」
言ってから「しまった!」と思った。
なに言ってんだおれ! 十六歳の姪っ子に服脱げとか変態か! いや、変態じゃないけど、色分けムンムンの女が好きだけど、この状況を第三者が見たら確実に白い目で見られるよ!
この状況を打開しようまて必死に頭を働かせるが、まったくなにも出て来ません。どないしよう!?
「うん、わかった」
はい? なんだって?
なにがなんだかわからないでいると、カナハがうわっぱりを脱ぎ出した。
この国の田舎の女はモンペに似たズボンとうわっぱりと言った衣装が基本だ。
まあ、基本と言っても各家の経済状況で変化はあるが、兄貴の家はまあまあの経済状況。あ、田舎ではってことね。町と比べたら貧乏もいいところだ。
それでも着る物はそんなにボロくはない。まあ、母親か姉からのお下がりなので各所に継ぎ接ぎが見えるが、田舎じゃ上等な部類だ。酷いとボロ切れを纏っているようにしか見えないからな。
いや、そんなことはどうでもいいんだよ。この状況をなんとかしやがれ、おれよ!
「おじちゃん、服も一緒に洗っていい?」
「あ、おう。──いや、別に洗うから」
内心の動揺を押さえながら浮かぶ湯球からバケツ三杯分を分離させた。
「そこに服を入れろ。石鹸を入れて洗うから」
採取ドローンが集めたもので作った体にも自然にもいい、万能石鹸。マジ優秀です。
「石鹸まであるの!?」
「作れる魔道具ももらったからな」
魔道具。なんて便利な言葉なんだろう。広めてくれた先人たちに感謝です。
「じゃあ、下着も洗おっと」
なんの躊躇いもなく、産着のような上着とトランクスみたいなパンツを脱いで分離した湯球に突っ込んだ。
「それで、どうするの?」
裸のまま訊いて来るカナハ。
「え、あ、ああ、こうするんだよ」
近くに置いてある石鹸をナイフで爪先大に切り、分離した湯球に入れ、魔力で水流を作り出した。
「おおっ! すごーい! これなら洗濯が簡単だ!」
この時代、井戸で洗濯だからな。洗濯板使っての完全手動のよ。
「あたしもこんなふうに洗われるの?」
「いや、そんなアホなことはしないよ。盥に入れ」
姪とは言え、目のやり場に困るわ。
クソ。今生のおれなら姪っ子の裸ごときで動揺するほどウブではないのに、前世の記憶が動揺させやがる。
前世でもアレな経験はしてるし、今生でも経験はある。つーか、兵士時代も傭兵時代も月に二回は蝶を取りにいったものだ。
……あ、蝶はアレな隠語なので察してください……。
町や専門店で扱っている蝶を見たら田舎の女など毛虫にしか見えない。あ、いや、あくまでも今生のおれね。前世のおれは姪っ子の裸に動揺しまくりだわ。
なんなんだよ、前世の記憶と今生の記憶が別れてんだよ! 統合して新しいおれになれよ! 二重人格かよ! 厄介この上ねーよ!
「おじちゃん、入ったよ」
いかん! ここで動揺して躓いたら今後に支障が出る。姪から変態扱いされる。嫌だよ! 変態扱いされて生きたくないよ! 今生のおれ、任せた!
この際、二重人格でもいい。おれの未来と名誉を守ってくれ、今生のおれよ!
破れかぶれに前世の記憶をシャットアウトした──ら、なんか冷静になれた。
……なにやってんだ、おれは……?
「おじちゃん?」
「ん? あ、悪い悪い。湯球の操作に集中してたわ」
スラリと、とは言えないながらも言い訳が出てくれた。
「まず雨のように水を出すから熱かったら言えよ」
「うん、わかった」
湯球の底に小さな穴をたくさん開いた。
今生のおれとは言え、ここ数日の記憶や技術まではなくならない。いや、前世の記憶もあったりする。ただ、前世の記憶は集中しないとわからないが。
「どうだ?」
「うん、気持ちいいよ!」
「んじゃ、まずは髪をごしごし洗え」
こい言うふうにと、カナハの頭を洗ってやる。
「おじちゃん上手いね」
「ガキの頃はミハやタカサたちを洗うのがおれの仕事だったからな」
昔のおれは面倒見がいいと、妹弟、近所のガキどもをお守りしており、シラミ(っぽい虫な)がつかないようにしていた。
……そう言や、昔からおれは綺麗好きで妹や弟が汚れる度に洗ってやってたっけな……。
「結構汚れてんな。ちゃんと毎日洗ってるのか?」
「毎日なんて洗えるわけないじゃない。三日に一度だよ。水汲みするのも大変なんだからさ」
そりゃそうか。水道もポンプもない時代なんだから。
「これいいよね。あたしも使いたいよ」
「こればかりは魔力次第だからな」
最低でも魔力10は欲しい。水を集めるのに2。水球にするのに2。操作に3。お湯にするのに3だ。まあ、盥に入れてお湯にするだけなら7くらいまでには押さえられると思うがよ。
「う~ん。落ちんな。石鹸を使うか」
おれに合わせた石鹸だが、血が繋がってんだから大丈夫だろう。ダメでもちょっとゴワゴワになるだけだ。
石鹸を髪につけ、再度洗う。
「お、落ちる落ちる」
さすが万能石鹸。効果てきめんだ。
「目、開けるなよ。沁みるからな」
「なんかいい匂いがするね。ねーちゃんに使った石鹸はなんか臭かったのに」
「まあ、この石鹸には花の油とか入ってるからな」
材料名に夏帆かほって花の名前があったからそれだろうよ。
「……こうやってるとむかしを思い出すな……」
子守りしていた妹や弟はもういない。妹は六歳で死んだし、弟は戦場で死んだ。ついでに次男も死んだ。帰って来たら一番下の弟は死んでいた。近所のガキどもも数人しか生きてなかった。
前世の神様に願わなかったらおれも死んでいたことだろうよ。こんな不衛生で不条理な環境ではよ……。
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