第14話 風呂
「おじちゃん、その前に桶貸して。服、汚れたままだとおかあちゃんに怒られるから」
あ、そう言や、翡翠ひすいに踏まれたんだっけ。しかも、地面が濡れたところで。
「あ、ちょっと待ってろ。今風呂を用意してやるから」
立ち上がり、ゾウリを履いて外に出た。
前世の記憶を思い出すまでは風呂なんて面倒臭くて、汗をかいたときだけ花崎湖はなざきこで体を洗うくらい。体臭も汚れも気にもしなかった。
なのに、記憶が蘇ってからは体臭も汚れも気になって、体を拭くだけでは我慢ならず、
まあ、血生臭かったが、何度も入れ替えして隅々まで洗い尽くした。
あれで病気にならないとか、マジファンタジーの住人はスゲーと思ったよ。いや、おれ自身もだけどさ。
家の壁に立てかけている大盥を二つ、家の前に並べる。
元翡翠の餌盥と新しく作った、底の深い大盥だ。
なぜ二つかといと、元翡翠の餌盥は体を洗う私用で、底の深い大盥は浸かる仕様だ。
時間に余裕が出たら岩風呂と洗い場を作りたいところだが、今はこれで充分。身と心を洗うには、な。
「お、おじちゃん、いったいなんなの? 風呂ってどう言うことなの?」
わけがわからないと言った顔をするカナハ。まあ、無理もない。風呂の文化はあっても田舎には浸透していないのだから。
「そのまんまの意味だよ。お前を風呂に入れてやるんだよ」
「風呂って、温泉にある風呂でしょう? こんなところに温泉なんてあるの?」
前世の日本のように火山列島ではないが、温泉のない 村の住民が知っているくらいには火山があり、温泉村が至るところにあるのだ。
「温泉じゃないよ。沸かし湯だ。村長のところで見たことないか?」
確か、村長のところめ盥を利用してたと記憶している。まあ、友達からの又聞き情報だが、本格的な風呂てはないはずだ。作るとなると大工事だからな。
「あるよ。ねーちゃんの結婚のとき洗うの手伝ったから」
あ、ああ。そんな話、傭兵時代に聞いたことあるな。新婚初夜のとき花嫁は入念に体を洗うって。
村に住んでいても女の裏話なんて、男の耳には入らないもの。そして、訊かないのが礼儀だ。女の裏話なんて聞いても男は幸せになれんからな。
「村長んとこの風呂ってどんなだ?」
あるとは知っていても村の重役でもない三男坊が見る機会なんてないし、興味もなかったからどんなもんかは知らんのだ。
「なんか小舟を改造したものだったかな?」
まあ、風呂の形に近いから再利用したんだろう。この世界にも湯船って言葉はあるからよ。
「村長んところは舟をいっぱい所有してるからな」
税たる米は
「まあ、村長んところには負けるが、この盥風呂もいいもんだぜ」
体を洗うならこれで充分。楽しむなら不充分だけどよ。
「水汲むの大変じゃない。沸かすのだって時間かかるよ」
それは前世の記憶が蘇る前まで。蘇ってからは楽なもんさ。
カナハの台詞にニヤリと笑い、
万能スーツを纏う前のおれの魔力は53。万ではないのが悲しいが、生活するには十二分にあるし、一回の戦闘や狩りなら充分にあると言っていいだろう。
それに、魔術は極めれば魔力の消費は少なくなり、操るのも簡単になる。訓練すれば増えたりもするのだ。
くるぶしまで湖に入り、人差し指を水面につける。
魔術魔術と言ってるが、農村生まれの三男坊が本格的に魔術を学べるわけもなく、見よう見まねで使ってるまでだ。
魔術士なんて金のある家の頭のいいヤツじゃないとなれない職業(?)だしな。
だが、魔力を操れ、事象を思い浮かべることができると、兵士時代にじいちゃん魔術士に聞いたことがある。
つまり、あれだ。考えるのではない。感じるのだ、的なものだ。マスターヨー○が言うのだから間違いない。
魔力を感じ、事象のイメージを浮かべる。
人差し指から魔力を放ち、水を吸い集める。
ピンポン玉大からソフトボール大に。さらにスイカ大にと、どんどん大きくしていき、ニメートルほどの水球となる。
このくらいでいいかと水球を水面から上げる。
重さは感じないが、魔力の微かな消費は感じる。
「…………」
振り返ると、カナハが目を丸くしていた。
まあ、無理もない。ニメートルほどの水球を指先で持っているように見えるんだからな。
「びっくりしたか?」
悪戯っぽく訊いてみる。
「そりゃびっくりするよ! おじちゃん、魔法使いなの!?」
田舎の子に魔術士や魔法使いの区別はつきません。が、魔術士よりは魔法使いな感じだな。
「まだ駆け出しの魔法使いだがな」
使えるのが炎の矢に風呂沸かしだけってのもなんだがよ。
盥風呂まで移動し、その上に水球を浮かべる。
なんで浮いてんだろうとか思ってはダメ。浮いて当然。魔力万歳。やればできるが魔法なのだ。
もう一度、水球に人差し指をつけ、威力を押さえた炎って矢を水球の中に撃ち込んだ。
ゴボッと一瞬にして水球が湯球となる。
「魔法超便利~」
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