第12話 カナハ

「なんだ、今の悲鳴は!?」


 人間の、女の子のような悲鳴みたいだったが。


「こやつじゃ」


 と、翡翠ひすいが言った。どいつだよ?


「おじちゃん助けてー!」


 と、聞いた声が翡翠ひすいから……ではなく、下のほうから。って、カナハかよ!!


 なんでカナハが? とは思ったが、たぶん、村に来ないおれを心配して来たのだろう。なぜかこいつから気に入られてるからな。


「翡翠ひすい足を退けろ。そいつはおれの姪っ子だ!」


 兄貴(長男の一番下の娘で、十六歳だったはずだ。


「んお? おお、微かだが主ぬしに似たにおいがするの」


 すんすんとカナハを嗅ぐ翡翠ひすい。犬か! って犬だったわ。


 翡翠ひすいの前足が退かされ、押さえつけられていたカナハが飛び出し、おれに抱きついて来た。


「怖かったよー!」


 わんわん泣くカナハ。これじゃどっちが犬かわからんな。


 前世でも今生でも独身であるが、父性と言うものは人より多かった。前世でも姉貴の子の面倒はよく見てたし、好かれてもいた。


 なんでこれで結婚できなかったんだろう? おれ、絶対いい父親になるよ!


 まあ、いい父親といい彼氏は違うもの。わかってますって。まずは甲斐性を見せなくちゃならないってね。あ、顔は勘弁してください。どうしようもできないんで。


「うるさくて敵わん」


 付き合ってられるかと、森側の木陰に移動して丸くなる翡翠ひすい。行動がもう犬である。


「よしよし。もう大丈夫だから落ち着け」


 カナハの背を優しく叩いてやる。


 三十分かけてようやくカナハが泣き止んでくれた。やれやれ。


「……お、おじちゃん、なんなのあれ……?」


 おれの胸に隠れながら翡翠ひすいを指さした。


「あれは狛犬だ。知ってるだろう?」


 この辺は悪さをすると狛犬に食われるよと脅されて育つ。聖獣と呼ばれてるのにな。


「こ、狛犬ぅ!? あれが! で、でも、なんで食べられないの……」


「なんでだ?」


 と、翡翠ひすいさんに尋ねた。おれが見た狛犬は、バリボリ人間を食ってたぞ。


「人を好む者もいるが、それは少数だ。我は人など好まん。不味い」


 あ、うん。食ったことはあるんですね。そのまま嫌いでいてください……。


「ほ、ほら、食べないから大丈夫だ。慣れれば可愛いものだぞ」


 小憎らしくはあるがな。


「……う、うん……」


 と胸から離れたものの、まだ怖いようでおれの服をつかんでいた。


「そ、そうだ。いい物が手に入ったからちょっと来てみろ」


 カナハを家に連れていく。とりあえず落ち着くまで別のことに目を反らそう。


「……なにこれ……?」


 カナハはよくうちに来るので家の中は熟知している。ってまあ、煎餅布団と箪笥代わりの箱があるだけの質素な我が家。覚えるまでもないか。


 だが、万能変身能力を使えるようになってから我が家は文明を取り戻した。


 台所とは名ばかりの釜戸はコンロ二つにオーブン一つが作られ、水瓶は裏の沢から水を引いて垂れ流し。そこにあったところに業務用サイズの冷蔵庫。中には森王鹿のお肉でいっぱい。さすがの翡翠ひすいも一日どころか数日過ぎても食べ切れないでいた。


 ちなみに入らない分は、地下の冷凍庫に保管しております。いや、魔力がまったく貯まりませんな。ナハハ!


 いや、自慢するのはそこではなく、こちらです! とばかりに台所を茫然と見るカナハの方向を変える。


 ネ○カフェバリスタ──の形をした万能バリスタマシーンさまたちだ!


 おれはコーヒーはそれほど好きではないが、会社にはこれがたくさんあり、見慣れていたからこの形にしたまでだ。


「まあ、上がれ」


 前世と同じく、この国は土足厳禁文化。ワラジを脱いで上がる。


 まあ、ワラジを履くのは田舎者や貧乏人くらいで、兵士や町の人間は靴を履くがな。


 おれも兵士や傭兵をやっていたときは靴を履いていたが、戦わないのならワラジで充分。楽で快適だし、魚一匹で一足と交換してくれるから家計にも優しいと来ている。


「ゲタもいいかもな」


 お洒落に作って行商のじいさんに売ろうかな? 材料はいっぱいあるしよ。


 なんてことを考えながらうちへと上がり、立てかけていた丸卓を出す。


「なにこれ?」


 不思議そうに丸卓を見るカナハ。テーブルや椅子はあっても脚の短い卓はなかったりする。食事は床に並べて食うのが田舎の常識だからな。


「大陸から伝わって来た丸卓ってもんだ。こうしてうちの中で使うテーブルだな」


「いいね、これ。なんか落ち着くよ」


 そうだろうそうだろう。これも作って売っちゃろ。


「あ、義姉さんに藁座布団頼んでおいてくれ。四つか五つでいいからよ」


 ここら辺では綿が手に入らないから座布団が作れないのだ。まったく、田舎は不便だぜ。


「う、うん、わかった。言っておくよ」


 頼むわと言って、万能バリスタⅡ号へと向かう。


 木のコップを万能バリスタⅡ号にセットし、一番のボタンを押す。


 ジュパーとプラロジュースが出て、木のコップに注がれる。もちろん、キンキン……とまではいかないけど、いい感じに冷えてます。


 キョトンとするカナハの前に置き、飲んでみなとアゴで勧めた。


 不安そうにおれとプラロジュースを交互に見てたが、意を決して木のコップに手を伸ばし、ゆっくりと口に運んでゴクンちょ。


「……美味しい……」


 そうだろうそうだろう。たぁーんとお飲み。

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