第63話 学べよ

「それで、ミゲルさんからは話は伝わってますか?」


「これは失礼しました。はい、承っております。あちらにご用意しております」


 と、サイロさん自ら案内してくれた。あんた、六原屋でもかなり地位が上じゃないのか?


不知火しらぬい様。いえ、タカオサ様とはよい商売をしたいですからね」


 おれの顔色を見て、サイロさんがにこやかに言う。


「傭兵上がりの田舎もんなんですがね?」


「傭兵上がりの田舎者は、そのような身綺麗な格好はしませんし、そんな丁寧な言葉も使いません。見る者が見て、知る者が知れば上客かそうでないかくらいわかりますよ」


「……さすが六原屋さんだ……」


 いや、おれが間抜けなだけか。こちらが外見で判断しているのに、相手は外見で判断すると認識できてなかったのだからな。


 案内されたのは、店の裏にある倉庫区だった。


 六原屋は貿易をメインなので、店は郊外にあり、倉庫も十以上ある。荷馬車が置けるスペースも三納屋の三倍。いったいどれだけの物を扱っているのやら。おれには想像もできんわ……。


「今日取りにくるとありましたので、外に用意しておりますが、その引き車で運ぶのですか? かなりの量ですが」


 金銭二枚で買える安い豆と安い布。そして、古米。それなりの量になるとは思うが、かなりの量になるのか?


 首を傾げながら用意された場所にくると、確かにかなりの量があった。


「……金銭二枚分と頼んだはずなんだが……」


 豆が入っただろう袋が十二。布は三箱。米は三十俵。とても金銭二枚で買える量ではないだろう。


「はい。古い豆に古い米。カビが生えていても構わない。布も安く、埃を被ってようがボロ切れだろうが構わない。なかなか聞かない注文ですが、手広くやっている店としてはありがたいです。どうしても売れ残りやゴミが出てしまいますからね」


 つまり、処分するものをすべて出してきた、ってことか。さすがだよ。いや、おれとしてはありがたいがよ……。


「ま、まあ、金銭二枚で売ってくれるのならこちらとしてもありがたい。なら、いっそのこと、捨てるものが他にものあるなら引き取りますよ。持ち金がないんで、代金はそこので払わしていただけるのなら、ですが」


 リヤカーのプロラジュースに目を向ける。


「これがミゲルの言っていたプロラジュースですか。ん? 瓶が違うのは別の物ですか?」


「ええ。多いほうがプロラジュース。少ないほうはプロラ酒です。プロラ酒は見本なので、味見にどうぞ」


 ないものを広げようとしたら味見として配らないといけない。損して得取れだ。


「ほぉう。プロラの酒ですか。ただ酸っぱいだけのものが酒になるとは知りませんでした」


 だろうな。おれもプロラの酒なんて聞いたこともないし。


「それは飲んで確かめてください。ただ、おれの口に合わせたので好みが分かれるかもしれませんがね」


「はい。参考にさせていただきます。でしたら、こちらも応えないわけにはいきませんね。すぐにご用意させていただきます。これはいかがなさいますか?」


「何回かに分けて運ばしてもらいます」


 リヤカー二台なら三回も運べば大丈夫だろう。


「でしたら、こちらで荷馬車を出させてください。こちらばかり儲けさせてもらっては申し訳ないので」


 とは言うが、そんなことが本音と思うほどバカではないし、サイロさんもそんなバカとは思ってない。


 目的は優月ゆうげつ朝日あさひだろう。港におれらを見張る者が数人いたし、今も後をつける者がいた。


 まあ、あれだけの物に興味を抱かないでは商人失格。逆に無関心でいられたら困るわ。計画のためにわざと見せてるんだからな。


「六原屋さんがそう言ってくださるのならお言葉に甘えさせていただきます」


 頭を下げておく。あくまでもこちらが融通してもらっているように。実際、運んでもらったほうが楽だしな。感謝です。


「港に変わった船がありますので、そこまで運んでください。ハハル。悪いが、案内しておれが乗ってきたほうに積んでくれ。やり方は優月ゆうげつと変わらんからよ」


「わ、わかった。おじちゃんはどうするの?」


傭兵所ようへいどころからコロ猪を買ってくるよ。昼を過ぎるようなら先に昼飯食ってろ。朝日あさひのほうに冷蔵庫と食料庫があるから、運んでくださった方々に出してやれ。清酒も。どうせ売れないものだからよ」


 清酒の販売は酒屋が握っている。作るのは合法(手間隙かかり、そんな大量に作れないから)だが、売るのは許可制。破ったら首が飛ぶ。もちろん、物理的にだ。


 ……それと贈答やお裾分けも許されてます……。


「サイロさん。あとはよろしくお願いします」


「はい。お任せください」


 満面の笑みを浮かべるサイロさんに、おれも満面の笑みで返す。


「ハハルもよろしくな」


「あ、う、うん。わかった」


 飢えた狼の前に丸々太ったコロ猪を放り投げたと思われるだろうが、ハハルはコロ猪の皮を被ったずる賢い雌狐だ。昨日のじいさんのように丸め込むだろう。あと、町の商人がどんなもんか学べよ。


 なんてことは言わず、六原屋を後にした。

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