第64話 花町

 リヤカーを引き、傭兵所ようへいどころへコロ猪を買う──前に、花町へと足を向けた。


 花町とはアレなところで、蝶々を愛でるところだ。


 まあ、わからない人はわからなくても構わない。知らないのなら一生知らずに過ごして欲しい。ここに夢も希望もないのだからな。


 とは言え、一時の夢、いや、幻は見れる。それが救いとなる者もいる。おれも昔はそれで毎日を生きられたものだ。


 三賀さんが町の花町は北の外れにあり、飲み屋や賭博場、その他諸々の怪しい店が集まっている。


 そんな花町に花屋は四軒。どれも似たような規模だが、一つだけ家名を持つ花屋が一軒だけあった。


 歴史も古いようで、三賀町さんがまちができた頃からあるとか、花町を裏で仕切っているとか、黒くはないが、なにかと謎がある家でもあった。


 表通りの一本奥、細い路地にあり、他の花屋と違い地味な構えとなっており、左右に飯屋と飲み屋を併設している。


 古いとは言え、よく清潔に整えられ、細くて狭い路地ながら左右には花が飾られ、華絵屋はなえやの名に相応しい路地と店構えとなっていた。


「……変わらんな……」


 畳んだリヤカーを万能空間に仕舞い、右側にある飲み屋に入った。


 以前は変わった飲み屋と思う程度だったが、前世の記憶が蘇っから改めて見ると、なにか居酒屋風に見えてしまうな。


 普通の飲み屋なら四角い四人用のテーブルと椅子が並んでおり、ここのように囲みテーブルと座敷があるのは珍しい。


 他にも花屋と通じてたり、蝶々たちと飲むこともできたり、なにかキャバレーな感じが出ていた。


 まあ、それはどうでもいい。用があるのは、あの頃からまったく変わってない一角。完全に自分の空間にした奥座敷だ。


「よっ、玉緒たまおさん。元気にしてたかい?」


 開け放たれた襖から中にいる白髪の、頭に狐のような耳をつけた美女に声をかけた。


 ──妖孤人ようこびと


 と呼ばれる種族で、魔大陸と呼ばれるところの出身だとか。本人は二十歳と言い張っているが、あの頃から姿は変わっておらず、八十を越えた爺様を子ども扱いしていて、二十歳と信じる者は誰もいない。


 だが、それを口にする者もいない。言ったものがどうなるか知っているからだ。おれもそれに突っ込んだことはなく、世にも珍しい永遠の二十歳なんだろうと、自分を納得させている。


「お前さんか。いらっしゃい」


 玉緒たまおさん的には七、八年など誤差でしかないようで、あっさりしたものだった。


世話婆せわばも久しぶり。生きててなによりだ」


 大抵の者は玉緒たまおさんの美貌に目がいって、横にいるちんまい婆さんに気がつかないが、この世話婆せわばが華絵屋はなえやの主であった。


「お前さんは、生きておったかい。名も聞かないから死んだと思っておったよ」


 齢八十を越えてるだろうに、口は働き盛りのよう。おれとしては、世話婆せわばのほうが何百年と生きてると勘ぐってしまうわ。


「故郷の片隅で精一杯生きてたら名など上がらんよ」


「お前さんが言うと雌伏して時が至るのを待っていた、って感じだね。顔つきがまるで違う」


 ニヒヒと厭らしく笑う世話婆せわば。妖怪ババアめ……。


「まあ、お上がり」


 ここは、玉緒たまおさんの領域──聖域。そこに入れるのは玉緒たまおさんが許した者だけ。無理矢理入ろうものなら、天罰とばかりに雷に打たれるだろう。


 ……魔力30000以上とか、とんでもない人だったんだな……。


「そんじゃ、遠慮なく」


 靴を脱いで上がらしてもらい、堀炬燵に足を入れた。


「随分とさっぱりした顔だね。と言うか、お前さん、本当にタカオサかい?」


 眠そうな目でおれのすべてを見てくる玉緒たまおさん。人を超えたところにいる存在だと再認識させられるな。


「この世におぎゃーと生まれたときからおれはおれだよ」


 ただ、前世の記憶がプラスされて変化しただけ。価値観が少し、いや、かなりかね? まあ、それでもおれはおれさ。


「なるほど。性根しょうねは変わってないようだ」


 クックと笑う玉緒たまおさん。そちらもお変わりないようで嬉しいよ。


「ほい。土産だ」


 万能空間から一升瓶を出して、炬燵の上に置いた。


「……また、虚妙な技を使う。んお、酒か?」


 なにもないところから出したことより、酒のほうが気になるようだ。


「異国の酒だ。口に合わなければこちらをどうぞ」


 世話婆せわばの前に清酒を置く。こっちも酒好きだからよ。


「変わった容れもんだね。さっそくいただくかね」


 見た目とは違い、フットワークの軽い世話婆せわばが炬燵から出ると、たぶん、厨房にツマミを取りにいったのだろう。ほら、日干し魚を持ってきた。


「どうやって開けるんだい?」


 世話婆せわばが清酒の口を見て首を傾げた。


 ネジ式? あれ、なんて言ったっけ? ってまあ、なんでもいい。瓶を取り、キャップを回して外してやる。


「ほぉう。上品な香りだね。どこのだい?」


「おれが作った。魔道具で」


 ふうんと生返事しただけで、お猪口に清酒を注いだ。


「ホクト、わたしにもおくれ」


 玉緒たまおさんが自分のお猪口を世話婆せわばに突き出した。ちなみに、ホクトとは世話婆せわばの名前だ。


「姐やん、もらったのあるだろう」


 しわくちゃの顔をしかめる世話婆せわば。相変わらず酒には意地汚い二人だ。


「清酒はまだあるから飲ましてやりな」


 新たに清酒を出してやる。


「豪気だね。ほれ、ホクト」


「ったく。そっちのはちゃんと飲ましてもらうよ、姐やん」


 突き出されたお猪口に渋々と清酒を注いでやり、飲み口をこちらに向けてきた。


「ほれ。お前さんも」


 と、いつの間にかおれの前にお猪口が置かれていた。ったく、妖怪どもには敵わんよ。


 苦笑しながらお猪口を取り、清酒を注いでもらった。


「では、まあ、懐かしい客に乾杯」


 玉緒たまおさんが音頭を取り、お猪口を傾け合った。

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