第8話 犬小屋

 無事、帝王切開は成功。四匹の子は生命維持ポッドですやすや眠っている。親の状態も悪くはない。朝には立てるくらいには回復するだろう。


「ふぅ~。疲れた」


 万能さんがやってくれたとは言え、それを見てるのも緊張して、体が無意識に硬直していた。こんなに疲れたのは初めて戦場で夜を明かしたとき以来だわ。


 でも、生命維持機能があるので、一時間眠っただけで肉体も精神も完全回復してくれた。


「万能さん、ありがとう」


 でも、産まれたときから使いたかった。そうしたらあの戦争も楽に乗り越えられたのによ……。


 まあ、過ぎ去った過去を嘆いてもしょうがない。まだ人生は続く。これから活かせ、だ。


「さて。狛犬の寝床を作らんとな」


 ってか、狛犬の寝床ってどんなだ?


 さすがの万能さんもこの世界の知識はないようで、前世の知識しか出て来なかった。


「……犬小屋でいいか……」


 よく知らんが、狛犬は犬の仲間とされているらしい。山犬の親戚とか聞いたこともある。山犬、どんなだかは知らんけど。


「万能ナノ素材を使ってもいいが、魔力を無駄にしたくないし、やはり木で作るか」


 幸いにもこの辺は山ばかり。木も何百年ものが生えている。カズラ藩の領地ではあるが、木を勝手に切ってはならぬ、なんて法もなし。魔物がいる世界で決まりを守るのも守らせるのも大変。軽くフリーダムな世紀末って感じだな。いや、テキトーですけど。


 山へと入り、犬小屋を作るにちょうどよい木を切っていく。


 乾燥させたりする必要があるが、今日は簡易でいいだろう。作るからにはちゃんと作りたいからな。


 いい感じに切ったらうちの近くに運ぶ。それだけで夜が明けてしまった。まあ、狛犬はサイズを考えたら大量に必要だしな。


 家の横の土地を足で踏みつけて均し、岩を砕き、砂利にして敷いた。


「万能さんはほんと万能だぜ」


 なんでも万能と言えば許されると思うなよ! とかお怒りを受けそうだが、あらゆる状況に備えて万能にしたのである。生きるために頭を働かせないヤツは人一倍苦労しやがれ。世の中、賢いヤツが得をするのだ。


 ……まあ、だからって考える人生も面倒臭いけどな……。


 のんびりゆったり快適に。たまに刺激があればいい、が最良の人生だと思うな。


 太さが同じ丸太を砂利の上にぴったりと並べ、斜めに釘を打って固定する。


 ちなみに釘は岩を材料とし、万能変身スーツを通して三十センチくらいの釘に変えました。


 時間があれば鉄を集めて作りたいが、簡易だからこれで充分。岩から作った釘でも万能スーツを通したことで強化されるから鉄の釘より丈夫で腐らないのだ。


 万能スーツの足の裏を回転ヤスリに変化させて丸太の表面を平らに削った。


 左手から空気を集め、右の指先から風を噴いて屑を飛ばす。


「これ、船の推進力にいいかも」


 花崎湖はなざきこの向こう側にいい穴場があり、燻製にして売ると結構な儲けになるのだ。だが、直線距離で四キロ弱。漕いでいくのも一苦労で、なかなかいこうとは思えないのだ。


 でもその前に狛犬の食うものを狩らないとな。


 狛犬は肉食なのは有名で、主に鹿類を食べると言う。魚はどうなんだろう? それだとすぐに用意できるんだがな。


 太陽もいい感じに上がったので、犬小屋作りは一旦中止。朝飯とするか。


 狛犬のところに様子を見にいくと、寝ているーーと思ったら、瞼を開いておれを見た。


「具合はどうだ?」


「だいぶよくなった。我の子はどうなのだ? 生きてはいるようだが」


 生命維持ポッドのモニターを覗く。


 心拍数は正常。脈拍数も安定。これと言った異常はなし。と、文字で教えてもらった。生命維持ポットさん、マジ優秀。ありがとうございやす!


「問題ないようだ。産まれても大丈夫になったらこの透明な板が開くよ」


 それまでの栄養は含まれている。栄養タンクを交換したらまた使えるので残しておこう。この時代の赤ん坊の死亡率高いし。


「……よかった……」


 人も獣も母は変わらず、か。母は偉大だな。今度、今生の母親を労ってやるか。前世の母には感謝と謝罪の念を送っておきます。


「動けるか? 水の近くだと体が冷えるからな」


 季節は初夏で立派な毛皮を持っているが、まだ体は完治してない。またぶり返すのも面倒だし、移れるなら移ってもらえるならおれの手間が省けるってもんだ。


「わかった」


 のっそりと立ち上がる狛犬。想像以上にデッカイな。ヒグマくらいあんじゃねぇ?


 このフレンチブルドックみたいな体型で風のように敏捷なんだからファンタジーの生き物は不思議だよな。


「とりあえず、あそこに移ってくれ。夜までには壁と屋根は作るからよ」


 この天気なら雨は降らんだろうし、多少の風なら平気だろう。ダメなら魔力壁を張るまでだ。


 生命維持ポッドを抱え、狛犬の後に続く。


 犬小屋(仮)に寝そべる狛犬の側に生命維持ポットを置くと、ペロペロと愛しそうになめ始めた。


「……普通、かどうか知らんが、子が産まれたときはもっと警戒すると思うのだが、お前は穏やかだな……」


 前世では猫を飼ってたが、出産後はシャーシャー威嚇して来たぞ。


「これだけ安全とわかれば警戒する気にもなれん」


 そんなもんかね。ファンタジーの生き物はよくわからん。


「飯食ったらお前の食いもんを狩って来る。要望はあるか?」


「まだ食べる気にはなれんが、早く治りたいから肉を頼む。できれば柔らかい肉を頼む」


 柔らかい肉か。まあ、出産の季節だし、大丈夫だろう。


「今の時期、狼の類いは来ないだろうが、念のために護衛を設置しておくか」


 防御ポッド(攻撃可)を四つ、設置した。


 ……これで魔力が半分を切ったか。消費が激しいよ万能さん……。


「んじゃ、いって来るわ」


 腹拵えした後、去年、森王鹿がいた山へと向けて駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る