第34話 まずはおれに従え

 家に戻ると、ハルマと娘が眠りについていた。


「フフ。腹が膨れたら寝るとか、まだ子どもだな」


 おれらが子どもの頃は、腹が減って寝れないのが当たり前だった。


 そんなクソッたれな状況に文句をたれ、ひっくり返せない自分を呪ったものだ。だが、これからは遠慮も自重も放り投げてひっくり返してやる。


 混乱? 戸惑い? 急な変革は歪みを生む? んなもの知ったことか。ゆっくりやってたら変わるまでに人類滅びてるわ! 子どもが笑い、安心して眠れる状況が正義だわ!


「あんちゃん、ありがとう。助けてくれて……」


 今まで溜まっていたものが溢れたんだろう。ボロボロと涙を流した。


「気にするな」


 と抱き締めてやる。


「お前は頑張った。息子と娘をよく守った。頑張ったから今があるんだ、誇っていい」


 今の時代は否定から入る。できることを当たり前で、できなければ無能扱い。そんなんでは人は育たない。褒めて伸ばし、ときに叱り、相手を認める。


 難しいのは知っている。そんな甘いことが通じない者もいる。だが、だからと言って否定はしたくない。それでは同じだ。なんも変わらない。


 変えたいのなら、まず自分を変えろ。やる意志を持て、だ。


 泣きやんだミルテの顔をタオルで拭いてやる──と、汚れが酷かった。


 あ、まあ、しょうがないか。仕事をしていたところを連れて来たんだからな。


「ミルテ。ちょっとおれの手を握れ」


 不思議そうな顔をしながらも差し出されたおれの手を握った。


 薄く纏っている万能スーツがミルテの身体データを読み取る。


 プライバシーのために数字は遮断します。親しき仲にも礼儀ありですから。


「ん? ミルテ、お前、胸に痛みとかあるか?」


 なにか赤色の警告がミルテの右胸の下辺りに現れた。


「え、別にないけど……」


 自覚はなし、か。まあ、治療ナノマシンを注入しておくか。医療が遅れた時代、病気します一つや二つ、あっても不思議じゃないしな。


「よし。わかった」


 手を離し、次はハルマと娘の頭に触れて身体データを取った。


 そして、家の隅に置いてたスーツケースを取り出す。


「あんちゃん、それは?」


 珍しい形にミルテが尋ねてきた。


「服を作る魔道具、レナオンだ」


 異世界とは言え、守るべきものはあるのです。


「レナオン? そんな魔道具があるの?」


「まあ、珍しい魔道具ではあるが、性能はいいものだ。ただ、魔力を相当に使うのが難点だがな」


 魔力と三人の身体データをレナオンに送り、待つことしばし。カシャンとロックが解除された。


 レナオンを開くと、中には下着と七分の藤色の着物と白の袴、紺色のズボン、シャツとベスト、足袋が入っていた。


「これは、お前たちの服だ。まあ、野郎から下着を受け取るのも気まずいだろうが、そこは我慢してくれ。この下着は大陸で着るものだから説明しないとわからんからな」


 妹分とは言え、おれも女物の下着の説明なんて苦痛でしかない。が、パンツはともかく、なんの知識もなくブラジャーを見ても下着とは思えんだろうよ。


 ブラジャーの説明をざっと済ませ、後はミルテの試行錯誤にお任せします。まさか着けてやるわけにもいかんしな。ま、まあ、どうしてもと言われたらやぶさかではないがな……。


「……な、なんとか着てみるよ……」


「まあ、体に合わないときは無理する必要はないからな。作り変えるのはまったく難しくないからよ」


 ちょっと魔力を注ぐだけ。惜しくはない。


「ううん。こんな綺麗な服が着られるをだもの、嬉しいよ」


「これからは綺麗に着飾れ。お前は元がいいからな、髪や肌をよくしたら都の女にも負けないぞ」


 華やかさはさすがに負けるが、見た目はいいし、体もいい。三十を過ぎてようが食い物と睡眠をよくしただけでも四段階上にはいくはずだ。


 ……女はいくつからでも化けるからな……。


「あ、あたし、そんな美人じゃないよ。もう三十過ぎだし……」


「お前はいい女だよ。それに、まだ三十だ。どんどん綺麗になれ」


 人生に美人がいるのは幸いだ。なので、美人になっておれの人生を華やかにしてくれや。


 俯くミルテの頭を撫でてやり、立ち上がる。そろそろ用意せんと。


「おれはちょっと出かけてくるからゆっくりしていろ。暇なら体を洗うなり、洗濯するなりしてろ。水瓶は家の横にあるから。冷たいときは鍋で沸かせ。薪ならいっぱいあるからよ」


 火が出る魔道具を作り、ミルテに渡す。


「どこにいくの?」


「兄貴のところさ。カナハ──姪っ子を引き取りにな」


「引き取り? 養子にするの?」


 まあ、子のない者は親戚からもらうってことがあるからな、そう思ってもしかたがないか。


「カナハは魔力が高いから魔法士と育てておれの仕事を手伝ってもらうんだよ。なんで、一緒に暮らすから仲良くやってくれ。そのうち部屋は別にするんでよ」


 同じ部屋で暮らすことに慣れているだろうが、おれが嫌だ。いろいろアレがアレでアレなので各自部屋を与えさせていただきます。


「うん。あんちゃんに従うよ」


 別に従えってわけじゃないんだが、いきなり自由意思を持ってと言うのも乱暴だ。そんなことできるなら人はもっと高みに昇っているよ。


「ああ。まずはそうしろ」


 いずれ自由意思を持つ日が来るまでは、な。

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