第35話 ままならぬもの

 役に立つかは知らんが、一応、翡翠ひすいに三人を守るように伝え、実家へと向かった。


 途中、魔力を集める道具を四つ、作った。


 二十センチ×二十センチの四角いガラス板っぽくした。ちょうど手を当てるサイズで、吸い取った魔力を数字で表れるようにしてある。


 文字を知らない者が多くても、数字は結構使うので、百まで数えられるし、書ける者は多いのだ。


「1魔力小銅銭くらいが妥当だと思うが、小銅銭なんて持ってないしな~。なんかいい交換材料はねーかな~?」


 村の者から魔力を買う。それはいいと思うんだが、銭なんて田舎じゃ微々たる量しかない。あったとしても使い道が限られているだろう。


 自然、別の物になるんだが、田舎の者が欲しがるものも限られてくる。


「やはり酒かな~」


 前世では女の心をつかむことが儲けの近道だが、この世界のこの時代では男の心をつかむことが儲けの近道だ。ましてや田舎じゃ男が金を握っている。


「まずは男から吐き出させるか」


 一歩間違えるとアルコール中毒を増産させてしまうから、アルコール度数を五くらいにするのがいいかもしれんな。酒を飲むってのがなによりの娯楽なんだからよ。


 そうなれば質より量でいくか? 水の量を増やせばいいだけのことなんだからな。


 あれやこれやと考えてたら門まで来ていた。


 時刻はだいたい六時。篝火が炊かれ、魔物避けの香が辺りに充満していた。


 この世界は夜行性の魔物もいるし、人を食う魔物もいる。少ないが盗人もいる。そんな世界の夜は危険であり、警戒もなしに寝れたりはしない。


 門は二十四時間体制だし、人馬組じんばくみが魔物避けの香を持って棘木いばらきの内を巡回したりもする。


 かなりの出費だが、そうしなければ生きられないのだからしょうがない。ケチッて滅びた村など枚挙にある。まあ、それで滅びないんだから人もしぶとい生き物だよな。


「誰だ!」


 ちゃんと仕事はしているようで、人馬組じんばくみの誰かに誰何すいかされた。


「おれだよ」


 軽く手を挙げて答える。


「なんだ、魚屋か。こんな時間にどうした?」


「ちょっと兄貴のところに米をもらいにな。昼のことは伝わってないのか?」


「昼? なんかあったのか?」


 下から上への報告はしっかりしているのに、なぜか上から下への報告は雑ときている。まあ、不都合は隠すが田舎だ。こんなことも珍しくないか。


「なんだ。村長がなにも言わないなら、おれから言うことはないよ」


 学はなくても下手に藪は突っ突くものじゃないってことは自然と学ぶもの。村長に睨まれたら村で生き辛くなるからな。


「あ、ああ、そうだな」


 触らぬ神に祟りなしとばかりに、人馬組じんばくみのヤツが村へと入れてくれ。


「最近、魔物は出てるのかい? おれんところは黒走りぐらいしか出てないが」


 花崎湖に住む際、ここはおれの縄張りだとばかりに狼や鬼猿を殺しまくったので、おれが住むところを避けて行動するようになったから魔物の動きがわからんのよね。


「うちはそれほど現れてないが、隣村には結構出ているらしい。何日か前に助けてくれと走り番が来たそうだ」


 おれのところにいたのがあっちに移っちゃったかな?


「それは隣村もこの村も災難だな。で、助けにいくのか?」


「わからん。うちの村も余裕があるわけじゃないしな。だからと言っていかないのも問題らしい。魔物が溢れたらこっちまで被害が出るからな」


 そのときのための傭兵だが、雇うとなると出費がかさむ。安全を取るか金を取るか、村長も難しい判断に押し潰されてることだろうよ。


「お上も無茶ばかり言わないで兵を出してくれたらいいのによ」


 そう愚痴るのもしょうがない。田舎の村なんて使い捨て感覚。自然に湧き出すと思ってるからな。


「そうだな。そのための兵だろうによ」


 そう同調しておく。無駄に人馬組といさかいを起こすのは得策じゃないからな。


「まあ、頑張ってくれや。狼や鬼猿を見かけたら狩っておくからよ」


「そうしてくれると助かる。魚屋が来てから南門の見張りは楽になったからな」


 ご期待に応えるよと残して兄貴のところへ向かう。


 ミルテがいなくなってどうなったかと、花木集落を通ってみたが、これと言った変化は見て取れなかった。


 ──それでいいのか!?


 と叫びたいが、口減らしがある時代では気にもならないか。死にました、と村長に伝えたら簡単に人物帳から抹消されるからな。


 まあ、多少の噂は流れるだろうが、七十五日より早く静まるはずだ。他人を思いやれるほど暮らしに余裕はないからよ。


「……まったく、どんな世界でも人の世とはままならぬもんだ……」

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