第36話 魔力売買

 実家に明かりが灯っていた。


 蝋燭は何百年も前からあり、この村でも作られるからそう高いものではない。どの家も毎日一本くらいは消費することだろう。


 ……おれは暗くなったら寝てたけどよ……。


「おう、おれだ。来たぜ」


 ノックなどない時代だが、入る前に声をかける風習はあり、戸が開くのを待つ。


「おじちゃん、いらっしゃい」


 実家ではあるが、一度出たら他人の家。お帰りはない。とはわかっていても寂しいもんだな……。


「邪魔するよ」


 実家は八畳間の部屋と六畳間ほどの内納屋、台所があるだけ。一般的な広さだろう。


 そこに、両親、兄貴夫婦、息子夫婦と二歳の息子。姪のハハルにカナハがいた。


 こんな狭いところに九人も住むとか、前世の記憶が蘇ってたら気が狂ってたわ。考えるだけでゾッとするわ。


「おう、上がれ」


 もうこの家は兄貴が家長。上座とかはないが、戸を開けた一番奥にいた。


 姪のハハルが退いた場所に上がらしてもらう。


「やっぱ、タルヤとカルヤは家を出たんだな。気がつかんかったよ」


「あの二人に会ったのか?」


「ああ。今日、村長のところでな。走り番とは出世じゃないか。米録こめろくが増えるな」


 村での給料は米で払われるのだ。確か、一日一合くらいだったと思ったが、朝晩は飯が出してもらえるのでそれで充分だろう。


 ……もっとも、家に取られるから実質ただ働きだがな……。


「そうでもない。人馬組を増やしたから米録はなくなった」


「そりゃまた、反感は出なかったのか? ただ、人手を捕られただけだろう」


 貴重……でもないか、今は。


「うちにいても冷飯食らいになるよりはマシだ。田植えの魔道具が来てから仕事が減ったからな」


 だからと言って田植えの魔道具がない生活には戻りたくはなかろう。家族全員で、朝から晩まで十五日はかかるんだからよ。


「あ、そうだ。土産だ。飲んでくれ」


 持っていた蜂蜜酒を兄貴の息子、アルヤに渡した。


「叔父貴、なんだいこれは?」


「酒だ。ミルカ、碗を八つ頼む。皆で飲もうや」


 カナハはまだ子ども枠で、おれのところに来たらいくらでも食えるから今回は外れてもらう。チラッと見ればしょうがないねって顔をしていた。


「蜂蜜のか?」


「食ったか。旨かっただろう?」


「確かに旨かったが、あんな貴重なものどうしたんだ? カナハの話では魔道具で集めたそうだが」


「その通りだよ。昔知り合った大陸の貴族がおれに借りを返すためにいろいろ魔道具をくれたんだよ」


「お前、大陸の貴族と知り合いがいるのか!?」


「傭兵時代にな」


 信じれないだろうが、知る方法がないのだから言ったもん勝ちである。


「叔父さん、どうぞ」


「あんがとさん。ほれ、アルヤ。兄貴に注いでやれ」


 おれはもう一本のをつかみ、親父とお袋の碗に注いでやる。あと、ハルヤとハハルにも。


「蜂蜜酒と言えば村長でもなかなか飲めないものだぞ」


「これからは頻繁に飲めるから遠慮するな。米をくれたら清酒も作ってやるぜ。あ、米がなくなったんで少し分けてくれや。カビの生えた古米でもいいからよ」


 どの家にも地下室があり、そこに自分のところで食う米を蓄えておくのだ。


「まあ、カビの生えた米ならくれてやっても構わんが、こんな旨い酒があるなら村長のところで買ってもらえるだろうに」


「それが村長から人物帳から外すぞって言われてな、利用できなくなった」


「お前、なにやってんだ! 人物帳から外されたら米も食えなくなるぞ!」


「だから兄貴のところから買おうと思ってな、近所から米を集めてくれ。米五合で蜂蜜酒一本と交換するからよ。なんなら肉でもいいぜ? これから肉を獲るのも難しくないからな」


 ここら辺では赤毛鹿も狼の肉も禁忌ではない。持ってこれば喜んで米と交換してくれるだろう。


「これからそう頻繁に来れなくなるからアルヤとハハルに運ばせてくれ。お前らがやってくれるんなら、来たときに腹一杯食わせてやるし、銅銭一枚くれてやる。どうだ?」


 アルヤとハハルはお互い見詰め合い、決定権のある兄貴を見た。


「……近所から嫉妬されそうだな……」


 まあ、家族優遇でも他から見たら贔屓だ。納得しろってほうが悪い。


「そこでこれだ」


 と、来る間に作ったガラス板をハハルに渡す。


 渡されたハハルはキョトンとしてる。やはり兄弟だけあってカナハと表情がよく似てるな。


「兄貴は誰にでも魔力があることは知ってるな?」


「え、ああ、まあ、知ってはいるが、それが?」


「なら、魔道具には魔力が必要なのも知ってるだろう」


「そんなもの常識だろうが」


 それが常識になったのはつい最近なんだがな。


「おれがもらった魔道具も魔力が必要なんだが、生憎、おれの魔力だけではすべての魔道具を賄うことはできない。そこで、魔力のあるヤツから魔力を買うわけさ。ハハル。その板に右手を当ててみろ」


 戸惑いながらもおれの言う通りにするハハル。


「……なんか、26って出たけど……?」


「それがハハルの魔力量だ。で、だ。魔力10譲渡、って言ってみろ。10だけだからな。いきなり半分だと体に悪いからよ」


 不安そうなハハルに大丈夫だと言ってやり、安心させる。


「……ま、魔力10、譲渡……」


 で、ハハルから魔力10がガラス板に吸われた。


「お、おじちゃん、なんか出たよ?」


 ガラス板から出た電車のキップサイズの金属板が飛び出し、びっくりしている。


「その板にハハルの魔力が記憶され、割符が発行……まあ、お前にしか使えない割板だ。10って刻まれてるだろう?」


「う、うん、刻まれてる」


「一応、千まで刻まれるが、百になったら銅銭一枚と交換してやる」


「銅銭一枚!?」


 ハハルではなく兄貴が驚いた。


「ああ。兄貴は魔力20だから、毎日10ずつ貯めていけば十日で銅銭一枚。これだけの人数がいれば一日銅銭一枚が稼げるわけだ」


 田舎では信じられないくらいの稼ぎだろうよ。

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