第37話 引き取り

「……一日で銅銭一枚ってのは本当なのか……?」


 家長としての日々が兄貴の心を強くしたのか、他が押し黙る中、なんとか口を開いた。


「まあ、これは個人用なので家族で纏めては無理だが、魔力を百集めたら銅銭一枚は出すし、酒でも構わんよ。ちなみにその蜂蜜酒を町で買おうとしたら金銭一枚だろうな」


 蜂蜜酒が気管に入ったのか、親父が咳込んだ。


「出すなよ、親父。その一口は銀銭一枚に匹敵するからよ」


 とか冗談を言ってみたが、余計に咳込んでしまった。そのまま死なんでくれよ。


「それは十人までしか登録できないから、まずはここで試してくれ。まあ、近所に広めても構わんが、村長にバレないようにしろよ。変な言いがかりをかけられるならまだしも、取り上げられたら困るからよ」


 村では村長が法だ。ダメと言われたら村人に逆らうことはできない。弱者は黙るか隠すしかないのだ。


「騙れと言うのか、村長に……」


「村で魔道具を使ってはダメって法はない。魔道具を使用する際、報告しろと言う義務もない。魔力を売ってはいけない法もない。どこに村長を騙る理由があった? なに一つ村の決まりを破ってはいない。が、人の嫉妬に法は通じない。徐々に隣近所に教え、なるべく村長に届かないようにするんだよ」


 つまり、言い訳は必要ってことさ。


「そんなのいずれバレるだろうが」


「当然、バレること前提さ。ただ、この集落全体に普及するまではバレたくはないな」


 気がつかれた頃、一つの集落が豊かになっていた。


 それを取り上げられた集落の人間は村長に不満を抱く。周りの集落は嫉妬し、自分らも望むだろう。


 さあ、その場合、村長は上手く立ち回れるかな? 富んだ集落を貧しさに追い込み、貧しい集落から豊かになる方法があるのになぜ使えないと、叩き上げられる。


 武力があるなら力業で抑えることもできようが、人馬組しかないような村ではさらに悪化させるだけ。下手したら一揆である。


「……お前は変わらんな……」


 咳が止まった親父がしみじみと呟いた。


「フフ。変わったさ。より行動力が増し、手段を問わないようになったぜ」


 遠慮する理由がなにもない。あるならこちらの神様が一生記憶を封じているはずだからな。


 ……だからって、いきなりハチャメチャに生きたりはしませんよ。急激な変化は自分にも害を与えますからね……。


「まあ、やるやらないは兄貴次第だ。今のままでいいと言うのなら、おれは素直に退くよ」


 この家の未来を決めるのは兄貴だ。このままでいたいと言うなら弟して最大の敬意を示すぜ。


 おれや家族の目が兄貴へと集まる。


 視線をおれに向けたり、下に向けたり、貧乏揺すりしたりと、大いに悩んだが、パンと膝を打っておれを見た。


「わかった。お前の話に乗る。だが、ちゃんとわかるようにしろよ。お前と違って頭がいいわけじゃねーんだからよ」


「任せろ。ちゃんと上手く整えてやるよ」


 おれのためでもあるんだ、しっかりやるさ。


「それと、だ」


「まだあんのかよ!」


 ナイスな突っ込みをする兄貴。ぶっ壊れたか?


「そう難しい話じゃない。親父とお袋、姉貴とミカルに仕事を頼みたいだけさ」


「仕事? そんな大した仕事なんてできんだろう?」


「大層な仕事を頼むつもりはないよ。親父には木の皿や盆、箸なんかの素人でも作れるやつを作ってくれ。お袋たちには藁座布団や藁蓙を大量に作って欲しい。あと、そのうち針仕事も頼みたいが、今はそれらを作ってくれ。なんなら近所の年寄りや嫁さん連中に声をかけてもいい。作った分はすべて買う。もちろん、いいできのものは高く買うし、村長のところに出すよりは高く買うぜ」


 先を見越して用意できるものは早目に用意するのだ。


「そんな仕事でいいのなら、まあ、やっても構わんが、儲けなんて出るのか?」


 親父の疑問はもっとも。こういちゃなんだが、親父賢かったんだな。


「あるところかないところへ売るってのが商売の基本であり、消耗する品を売るのが儲けるのさ」


 まあ、それを実行するのが大変だって話だが、我に策あり。損はない。


「やってくれるんなら道具を渡しておくよ」


 木工用のみ一式とナイフやノコギリを渡す。


「……おまえ、これ、物凄く高価に見えるんだが……」


「まあ、そうだな。買えば金銭三枚くらい取られるんじゃないか?」


 万能素材で作ったもんだし。


「それていいものを作ってくれ。針道具や布はまた今度な」


 まずは藁座布団や藁蓙を作ってもらおう。


「さて。雑用は終わった」


 兄貴を見ながら蜂蜜酒を突き出し、少し傾ける。まあ、飲めと。


 理解した兄貴が椀を出し、それに注ぐ。


「旨いだろう?」


 おれはまだ飲んでないけどよ。


「……今度はなんなんだ……?」


 警戒する目を向けてくる。つれない兄貴だ。


 懐から蜂蜜の代金が詰まった巾着袋を出し、また兄貴に突き出す。受けとれと。


 受け取った兄貴は、巾着袋を開け中を見た。


「……なんだこの金は……?」


 怪訝そう顔をする兄貴ににっこり笑い返す。


「カナハを引き取る代金だ。それでカナハをおれにくれ」

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