第48話 魔石

 傭兵所へ、と言っても同じ通りにあるので、三分もかからない。なんの障害もなく到着した。


「ここなの?」


 不思議そうに訊いてくるハハル。


 たぶん、想像以上に綺麗なことに不思議がっているのだろう。


 花木村はなきむらも傭兵を呼んだことは何度もある。集落に住んでいても見ることはあるだろう。


 遠征する傭兵は基本、汚い。そして、臭い。


 まあ、綺麗なヤツもいるが、何日も旅をし、野山を駆け、魔物を殺すのだから汚れないわけがないし、臭わないわけがない。


 他にも理由はあるものの、見た目のよい傭兵なんてなかなか見ない。ハハルもそんな汚くて臭い傭兵を見たから、綺麗な造りをした傭兵所を受け止められないのだろう。


 傭兵所と言っても事務所みたいなもの。傭兵のほとんどは別な場所にいて、ここにいるの団長か事務員くらいだ。


 建物の大きさは、ちょっとした村役場くらいあり、入ると総合受付みたいなカウンターがある。


 右には商会の出張所。左には酒場がある。


 今は昼時だが、遠征してない傭兵がたむろしていた。


 ……変わらんな……。


 七年で変わるわけもないんだが、あの頃のままって言うのはなんか嬉しく感じるもんだ。


「中も綺麗だね」


「傭兵も商売だからな、雰囲気をよくしないと客が逃げるんだよ」


 ならず者な傭兵団もいるが、町に構える傭兵団は品行方正でないと町の者から爪弾きにされる。傭兵団は人気商売なのだ。


「まずは、魔石を買うか」


 商会の出張所は六畳ほどの狭さだが、大体は注文制で、物は傭兵団の宿舎に運ばれ、買い取りも出向くので店は小さくて構わない。三納屋みのうやの出張所もある。


 五つある出張所の一つ、魔石を専門に扱う六原屋ろくはらやの出張所に向かう。


「お邪魔するよ」


「はい、いらっしゃいませ」


 いたのは四十前後の男で、傭兵所には不似合いなほど細い体格をしていた。


「七年振りの利用なんだが、所長は変わったんだな。あの爺さんは引退したのかい?」


 六十過ぎの爺さんで、なかなかごうつくで、妙な愛嬌があったっけ。


「はい。バイサイさんは去年引退しました。それからは私が任されています。ミゲルと申します。以後、お見知りおきを」


 インテリっぽい男だ。


「おれはタカオサ。まだ、傭兵の登録は消してないが、引退した身だ。今日は魔石を買いに来た。金銭二枚で買えるだけ欲しい」


 そう告げると、男の目が見開かれた。なんだい?


「不和の不知火様ですか!?」


「昔の名前だ。もうそんな名は語れんよ」


 名は仕事を呼ぶ。異名があることで傭兵団の価値も上がる。引退した身には必要ない。


「いえ、今も不和の不知火は有名ですよ! 物語も作られているくらいですからね」


 傭兵の戦い話はいい娯楽になっている。まあ、多少の妄想と派手な描写が含まれているがな。


「それも昔のこと。いい様に改竄された夢物語さ」


 民衆が喜びそうな話に変わった、おれではない空想の物語。恥ずかしさも湧いてこないわ。


「それより、魔石を売ってくれ」


「あ、これは失礼しました。金銭二枚となると、用意するのに少々お時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


「なら、先に金を払うんで、ここにあるものをすべてもらいたい。大丈夫かい?」


 魔力はいくらあっても構わないし、無尽蔵に貯められる。あるのならあるときに貯めておきたい。


「はい。大丈夫ですよ。ただ、今あるのは展示品だけでして……」


 と、ミゲルさんが目を向けるほうに、ガラスケースに収められた拳大の青い魔石があった。


 万能測定で魔力含有(?)量を測る。


 で、出た数字に驚いた。三万五千もありやがった。


「……初めて見る大きさと色だな……」


 基本、魔物から取れる魔石は緑色だ。まあ、種に寄って濃い薄いはあるが、青いのは初めて見たわ。


「はい。海の魔物から取れたものです。ちなみにこれは巨大鮫から取れたものです」


 魔物と言うからには魔を秘めてるんだろうが、魔石が取れる鮫とか、ファンタジーだわ。


「巨大鮫とかよく狩れたもんだ」


 海の魔物を狩るのは難しい。まあ、海の中にいるんだから船に乗って狩るしかないが、被害は尋常じゃないだろうよ。


「実は、人魚が狩ったんですよ」


「人魚? って、上半身が人で下半身が魚の……?」


 伝説の生き物じゃないのか?


「大陸の商人は人魚とも交流があるらしく、人魚の傭兵団を抱えてるそうです」


 ほ~。世界は広いもんだ。人魚が当たり前にいて、傭兵団を築けるほど知恵があるのか。まあ、東の国は獣人が治めるのだから人魚が傭兵団を組織しても不思議ではないか……。


「今もいるのかい、人魚の傭兵団は?」


「いえ、秋に米を買いに来るときに着いて来るだけです」


 ほ~ん。三賀町からも輸出してるのか。初めて知ったわ。


「それで、その魔石はいくらなんだい?」


 森王鹿の魔石は二万で、金銭二十枚したことを考えると、四十枚くらいいきそうだな。


「金銭二枚です」


 はい? 何枚だって?


「驚くのは当然です。これだけの大きさですからね。ですが、海の中にの魔石は地上の魔物と違うようで、魔力が吸い出せないのです」


 つまり、規格が違うってことか?


「ですので、展示品として飾っているのです。見た目はいいですから」


 まあ、インテリアとしてはいいかもな。鉱物なんかを飾る金持ちもいるし。


「それは、買ってもいいものなのかい?」


 と言うか、小さいのもあるな。ここは宝物庫か!?


「はい。買っていただけるのなら」


 よし、買った! と言いたくなる衝動を押さえつける。落ち着けおれ。慌てるなおれ。冷静になるんだ、おれ!


 売り物ではあるが売れる物ではない。なら、今すぐ買う必要はないし、なにより金がない。これからまだ買う物はあるんだから優先を守れ、だ。


「あ、いや、またにする。だが、必ず買う。今は金がないんでな。金銭二枚で買えるだけの魔石でいい」


「はい。では、すぐに用意します。ここで、お待ちしますか?」


「いや、その間に昼飯と買い物をしてくるから、そう急がんでもいいよ」


 ハハルが昼飯を桟橋にいたじいさんに渡してしまったので、食うものがないのだ。


「はい。ではご用意して置きます」


 よろしく頼み、六原屋の出張所を後にした。

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