第99話 水泳

 忙しさが止まらない。


 だが、家族団らんの時間を蔑ろにはしたくないと、仕事を放り投げて夕飯の席についた。


 酒の積み込みに駆り出されたのに、笑顔で夕飯を出してくれるミルテとハルミに涙が溢れる。嫁がいるって最高や……。


「そうだ、おじちゃん。三賀町からきた女の傭兵さんが、おじちゃんに会いたいんだって」


 家族団らんの時間に不和をぶっこんでくるハハル。さすが不破の不知火の姪だ──じゃなくて、空気読めや。


 いや、不和になるような話ではない。昔の知り合いが会いたいと言っているだけ。動揺など微塵もありません。


金鳳花きんぽうげと名乗っていたか?」


 毅然とした態度で問う。


「ううん。アイリと名乗ったよ」


「アイリ? あ、そう言えばそんな名前だったな。金鳳花きんぽうげ呼びしてたから忘れてたわ」


 若い頃から二つ名を持ってたし、名前で呼ぶのはアイリの母親だけだったので、すぐには名前が出てこなかったわ。


「おじちゃんの知り合い? なんか馴れ馴れしい感じがしたけど」


「傭兵時代、お世話になった人の娘で、戦いのいろはを教えてもらった」


 金鳳花きんぽうげと初めて会ったのは、あいつが十五でおれが二十三、四だっただろうか? 随分と昔になるな~。


「傭兵団の名前は言ってたか?」


陽炎かげろうって言ってた」


「そうか。やっぱり陽炎かげろうを継いだか……」


 継いだと言うことは、サリさんは亡くなったのだろう。あの人は、年を取ったからと言って傭兵を辞めるような人ではない。なんたって二つ名が鬼姫おにひめだからな。


陽炎かげろうって、前におじちゃんが言ってた女だけの傭兵団だよね」


 昔話を語ったのを覚えていたカナハが訊いてきた。


「ああ。いくつかある女だけの傭兵団の中ではダントツで、金鳳花きんぽうげの前の団長はバカみたいに強い人だったよ」


 四メートルもある金目熊を素手で倒すとかデタラメにも程がある。バケモノとはああ言うものだと、心の底から思ったよ。


「昔は泣く子もチビらす鬼女おにめども、とか言われたが、金鳳花きんぽうげの代は、どこにでもある傭兵団って感じになってたな……」


 たぶん、三賀さんが町で見た女だけの傭兵団は、金鳳花きんぽうげが率いる新生陽炎だろう……。


「あ、あのときのか。どこかで見たときのある人がいるな~と思った」


 こいつは人の顔を覚える才まであるのか。どんだけの才を持ってんだ、こいつはよ……。


「おれに会いたい理由は言ってたか?」


「ううん。言ってなかった。でも、なんか困ってる感じはしたかな?」


「なんでそう感じたんだ?」


「勘」


 と短く答えた。


 なんだそれは? と言いたいところだが、こいつの場合、どんな能力があるかわからんから蔑ろにはできんのだよな……。


金鳳花きんぽうげには会いたいが、その時間がない。落ち着いたら三賀町さんがまちにいくからそこで話を聞くと伝えてくれ。こちらからも話したいことがあるからよ」


 陽炎かげろう団の様子も気になるし、手が空いているのなら頼みたいこともあるしな。


「おれの存在が知れた今、家や皆を守る護衛兵が必要となる。そのつもりでいてくれ」


 もちろん、今もセキュリティは万全だが、目に見える防犯も必要だ。魔物よりアホな人間のほうが厄介だからな。


「わかった」


「それと、二日三日したらハハルとカナハを三賀町さんがまちにきてもらう。ハハルはそれを告知しておけ。しばらく三賀町で仕事をするからよ」


「なら、カエトを雇ってよ。集落を回ってるときは店番させてたから大抵のことはできるからさ」


 こいつの底がわからない。いつの間にそんなことやってたんだ?


「店番とか、よくやらせたな? 金勘定とかできるのか?」


 カエトが誰だか知らないが、計算なんてできるヤツなんていないだろう。


「あたしのパイロットスーツを着せてシミュレーションさせたの」


 そんな裏技を見つけるとか、こいつなんなの!? 異常だろう!!


「あ、うん、そうか。使えそうなヤツがいたら雇え。一日銅銭三枚出すからよ」


「わかった。なら、サイラとナタエも雇おうかな? カナもいいかも」


 もうお前に任せる。好きなようにやってくださいか……。


「カナハは泳ぎを覚えろ。マギスーツに泳ぎ方を教えておくからよ」


「わかった」


「父ちゃん! おれも泳ぎを覚えたい!」


「まあ、覚えるなら早いほうがいいが、別に千花せんけ村の子に教わればいいだろう。あれだけの沼があるなら泳げるヤツはいるだろうしな」


 確かめたわけじゃないが、船に乗って連坊華れんぽうげを採るのだ、泳げないってことはないはずだ。おれが千花せんけ村に生まれてたら絶対泳いでいるぞ。


「そうなの?」


「訊いてみろ。知ってたなら教わって、知らなかったらカナハに教わればいいさ」


 カナハなら一日もかからずマスターすることだろうよ。運動神経はずば抜けて高いからな。 


「これから人が増えるし、接触も多くなる。ミルテとハルミには辛いかも知れんが、よろしく頼むな」


 社交性が高いとは言えないから精神的負担は大きいだろう。それでもおれはこのクソったれな世界を変えたいのだ。


「はい。お任せください」


「大丈夫だよ、父さん」


 くぅっ! 本当にいい嫁と娘を持ったよ、おれは……。

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