第136話 父親

 家が屋敷に変わろうと、人の活動領域や安息空間に変わりはない。


「根が貧乏性なだけに狭いほうが落ち着くな」


 十畳ほどの居間には、おれ、ミルテ、ハハル、カナハ、ハルミ、ハルマが揃っていた。


 丸テーブルにはミルテとハルミが作ってくれた料理が並び、よく冷えた瓶ビールが添えられている。


 幸せがそのまま具現化したような食卓である。


「……ありがとうな……」


「どうしたんです、急に?」


 ふいに出た言葉にミルテが可笑しそうに答えた。


「いや、おれの我が儘に付き合ってくれて。苦労をかける」


 丸っきり違う生活を強いたり、たくさんの人を抱えなくちゃならない。これが苦労でなければなにが苦労と言う。平穏とはほど遠いところにいるだろうよ。


「幸せになるための苦労なら、もっと苦労しても構いませんよ」


「そうそう。生きるだけの苦労ならしたくないけど、幸せになる苦労ならどんと来いさ!」


「うん。苦労すれは苦労するほど幸せになるもんね」


 ミルテの言葉にハルマとハルミが応えた。


「そこは苦労じゃなく努力と言いなさいよ」


 呆れるハハル。まあ、確かにそうだな。


「ねぇ、もう食べようよ。ご飯冷めるよ」


 カナハは変なところでマイペース。だが、そんなマイペースだからこそ変な空気に陥らないで済むからありがたい。


「そうだな。温かいうちに食べよう」


 ミルテがコップにビールを注いでくれ、おれが飲んだら食事が始まった。


 裕福になってもまだ貧乏時代の癖が抜けないのか、皆食べるに集中して会話はない。だが、最初の頃よりは品が出て来たようで、がっつくようなことはない。


 ハルマですら犬のようにがっついてたのに、今はわんぱく小僧くらいにはなっていた。


 ハハルはもう別人ってくらいに上品になり、カナハはすべてを魔力に変えるかのように黙々と食べ、ハルミはおしゃまなのかハハルをお手本としながら食べていた。


「はい、旦那様」


 食べながらもおれに意識を向けていたミルテがビールを注いでくれる。


 そこまでしなくても、とは思わなくないが、男社会で生きてきた習慣は直らないし、一家の主を立てる文化を拭うことはできない。亭主関白にならない程度に許容するしかない。前世のおれ的にも今生のおれ的にもマイホームパパが理想なんだがな……。


「ありがとう」


 感謝してビールをいただいた。


 瓶ビール一本を飲んでからおれも料理に手を出し、腹を満たした。


 皆が満腹になり、まったりな時が──と思ったら、失礼しますとサアマとハルミくらいの娘が現れた。なに?


「お片付けします」


 と、皿や茶碗を片付け始めた。


 ミルテやハハルに目を向けるが、なにも言わないところを見ると決められたことのようだ。


 家のことは任せてあるので、おれがどうこう言っては秩序なりルールなり壊してしまう。なので、さも当然とばかりに受け入れた。


 丸テーブルが綺麗になり、食後のお茶が運ばれて来る。


 淹れるのはハルミの仕事らしく、全員に久見茶くみちゃを配った。


「……旨いな……」


 なにか一段上の旨さを感じる。なんでや?


「いろいろ研究してみたの。お湯の温度や量で味が変わるって聞いたから」


 なるほど。久見茶くみちゃは万能さんを通してないものだから改良と発展の余地があるってわけか。人の試行錯誤は偉大だな。


 ……ふふ。万能さん頼りのおれのセリフではないか……。


「そうだ、父さん。千花せんけ村の村長さまが魔力売買器を増やして欲しいって言ってた」


千花せんけ村の村長が? 理由は聞いてるか?」


 四台もあれば充分だろうに。


「他の村からも来るから、ごった返すんだって」


千花せんけ村の周りに村なんてあったんだ」


 おれも千花せんけ村にいっただけで、周辺のことはそんなに、と言うか、まったく知らないのだ。


「三十人くらいの小さい村が八つあるらしいよ。米が育つ場所じゃないから樵として生きてるらしい」


 あー町に流れて来る薪はそこからなのか。言われてみれば町から雇われた傭兵団が千花村せんけむら方面に魔物退治に出てるって話、耳にしたことあるわ。


「魔力売買は上手くいってるようだな」


「町でも魔力売買器は人気だよ。元手なしでお金に変えられるからね。あ、それなら家にも置いてもいいかもしれないわね。魔力ある人結構いるし」


 まあ、無駄になくなるくらいなら売ってもらったほうがおれも助かる。魔力だけは万能さんでも作り出せないからな。


 ……それで万能とか片腹痛いわ! とか神様につっこみたいぜ……。


「それなら今後に備えて魔力売買器を生産しておくか。ハルマ。天烏てんうに三台載せた。足りないときは倉庫から運び出せ」


 その情報をハルマに流す。


「それと、仲間にしたいヤツがいたらどんどん引き込め。若い男手はいくらいてもいいからな」


 人の力がすべてな時代では、男を集めるの本当に難しい。まったく、あの戦争のせいで苦労しまくりだぜ。


「女でもいい? 八人ほど買ってくれってお願いされてるんだ」


「ハハル、どうだ?」


 まあ、女でも構わないと言えば構わないのだが、女だけってのも不健全だ。なにごともバランスよく。せめて三割は男で埋めたいものだ。


「いいと思うよ。山梔子くちなしに回せばいいだけだし」


「そうか。なら、ハルマ。買う方向で話を進めろ。身請け金は一人銀銭二枚だ。ちゃんと村長に入ってもらえよ。その礼に銀銭五枚渡しておけ」


 仲介料を払っておけば村長も文句はないだろうし、こちらを優先してくれるだろうよ。


「お、おれがやるの?」


「そうだ。ハルマがやるんだ。いずれお前が望月の名を背負うんだからな」


 万能変身能力があるから長生きはするだろうが、いつまでも君臨していては次が育たない。二十年を目標に当主の座はハルマに託す。


「まあ、そう気張るな。おれが当主の間は失敗しても損しても構わない。おれがなんとかしてやるからよ」


 ハルマが成長するなら安いもの。成功より失敗から学べ。そのほうが将来、絶対に役に立つからな。


 まあ、失敗に慣れるのも問題だが、そこも含めて教育。そして、父親の醍醐味である。

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