第137話 幸せ者
団らんの時間が終われば夫婦の時間が始まる。
とは言っても、こんな娯楽の少ない時代では布団に入ってアレやコレを行うものだが、オール電化真っ青な我が家では二十四時間いつでも入れる風呂がある。
望月家もちづきけ専用の大浴場へと向かい、ミルテと一緒に入った。
どこぞの隠れた宿(高級のね)の風呂にも負けない檜風呂に風流のある行灯で照らされた大浴場は、なんとも幻想的で心が落ちくものだった。
透明化させた万能スーツを纏っているので、体は常に清潔に保たれているが、妻に体を洗ってもらえるとか至高である。断る理由など一ミクロンもないわ!
キャッキャウフフな歳でもないんで、お互い理性的でいられるが、なんともくすぐったいものはある。
会話らしい会話もないが、この満たされた気持ちだけで満足であり、不要な言葉は返って無粋である。
まあ、夫婦の洗いっこなど言葉にするのもなんなので、サラッと流して湯へと入る。
体によい効能がある薬湯であるため、身と心をじんわりと癒してくれる。
「旦那様。冷酒はいかがです?」
「それはいいな。もらおうか」
湯の中から筒が現れ、パカリと上部が開放されると、徳利とお猪口が現れた。
……誰だ、こんな機能を考えたのは……?
これは、おれやハハルの発想ではなく、たぶん、ミルテの発想でもない。ってか、こんなこと考えるヤツは奇才だぞ。
「ふふ。驚きましたか?」
「あ、ああ。メチャクチャ驚いた。これを考えたヤツ、ハハル並みの天才だな」
この発想、どうやって出たか超気になる。
「はい。カラクリ好きの子で、家の機器に興味があるようなので技術部門の長に育てるとハハルが言ってました」
そう言うのがいるのは助かる。
なんでも万能さんで解決! でもおれ的には一向に構わないが、科学技術や魔法技術があるならそれはそれでよし。いろんな方向から幸せを求めろ、だ。
「他にも才能がある者がいたら伸ばしてやってくれ。今は役に立たなくても将来役に立つかもしれないからな。特に文字や絵に興味があるヤツがいたら最高だな。文化は人の心を豊かにしてくれるからよ」
エンターテイメント、は直ぐには生まれないたろうし、育つまで何十年とかかるだろう。今は種まきの時期と割り切るしかない。
「小さい頃観た旅役者の劇、また観たいですね」
あーあったな、そんなこと。おれは面白いとは思わなかったが、女たちには人気だったっけ。
「もう少しして落ち着いたら都に芝居でも観にいくか。いくつも芝居小屋が立つ場所があるらしいからな」
都にいったのは二度しかなく、すぐに発ったからウワサ程度にしか知らないが、結構発展しているらしい。
「それは嬉しいです。都にはいってみたかったから」
村に住む者からしたら都は桃源郷みたいなもの。一度はいってみたいと誰もが思うことだろうよ。
「まあ、食い物はうちのほうが旨いから、食い物屋巡りは諦めたほうがいいな」
前世の記憶が蘇る前だったら楽しみにしてもよかったのだが、食材に調味料、料理道具や作り方からして三百年は先をいっている。宿屋一軒貸し切って、自前で料理したほうが楽しめるだろうよ。
「料理人も増やして街道沿いで宿屋をやるのもいいかもな。たぶん、大陸から商人が流れて来るだろうからな」
おれがここにいるならオン商会は近くに支店を作り、その噂を聞きつけた他の商人もやって来ることだろう。オン商会が売った輸送機で、な。
そうなれば宿屋は必須。今から用意しておかなければ酷いことになりそうだ。
「魔力はゼルフィング商会から出てるし、訓練所として一軒建ててみるか」
無尽蔵のように魔力を注ぎ込んでくれるお陰で宿屋を一軒作っても怖くはない。ゼルフィング商会の者が来たら三割安くして差し上げよう。
ミルテにそのことを話して、人の配置と教育を任せる。
「また忙しくなるが、頼むな」
「お任せください。旦那様を支えるのが妻の役目ですから」
穏やかに笑うミルテを愛しく思う。
「おれは幸せ者だな」
こんなできた嫁をもらえるなんて、おれ以上の幸せ者はいるまいて。
「それはあたしのセリフです。こんな素敵な旦那様の妻となれたのですから」
結婚に夢を持つなと、前世の上司に言われたが、こんな現実ならどんと来い。おれはあと十年は戦えるぜ。
なんて、なにを言ってるか自分でもわからないが、おれたち幸せってことだ。
いい雰囲気になったので、あとは寝室で続けることに致しましょう。
さあ、子どもは寝る時間。大人は張り切る時間だ!
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