第138話 健全な肉体には健全な精神が宿る

 いつもより深く夫婦の営みを行い、愛する妻を抱きながら幸せな眠りについた。


 が、万能スーツのお陰で一時間で目覚めてしまった。


「……なんか最近、人じゃないものになってるな、おれ……」


 一時間睡眠ながらながら目覚めは爽快で、身も心もはち切れんばかりに力が込み上げて来るばかりか、なんら支障もなく二十三時間も起きていられる。


 いや、やろうと思えば五日は不眠不休で起きてられるだろう。戦闘なら丸二日は戦い続ける。それも全力で、な。


「まあ、それも魔力次第だがよ」


 魔力あっての万能さん。切れたら元のスペックしか発揮できないだろうよ。


 ……万が一に備えてレベルアップしとくか……。


 万能さんにより体の機能は万全。肉体も三十六歳とは思えないほど引き締まり、運動神経、反射神経もすこぶるよくなるばかりか五感も鋭くなっている。


 それにレベル23……あれ? レベルが30になってる? え、なんで!? いや、待て。デクや海竜を倒したからか? ってことは神無月かんなづきや山梔子くちなしを使ってもレベルアップできるってこと、か?


 確かに命を奪ったらレベルアップするようには願ったが、まさか万能変身能力を使っても大丈夫だとは夢にも思わなかった。変なところで融通を利かす神様だぜ。


「まあ、レベルが30になったところで、上には上がいるんだがな」


 世の中にはレベル40とか50とか思えるヤツは結構いる。一流の傭兵団ならレベル30くらいのはざらにいるわ。


「それでもレベルアップは嬉しいな」


 後は技の練度を高めれば森王鹿もりおうじか一匹なら倒せるだろうよ。いや、やらないけどねっ。


 あくまでもレベルアップは万が一に備えてのこと。そうならないためのことに重点をおくからね。万能変身能力がメインなんだから! 忘れんなよ、おれ!


 なにかフラグを立てたような気がしないではないが、万が一に備えてるんだから大丈夫。と納得させておこう。


「……訓練しておくか……」


 徴兵される前からおれは実戦派で、密かに訓練してました、とかやったことはない。百の訓練より一の実戦が自分を強くしたからだ。


 しかし、レベル30からさらに上を目指そうとしたら、山に入って強力な魔物を狩るしかない。だが、この国、いや、この島の魔物は山に入れば入るほど強力になり、人の力ではどうにもできないレベルとなる。


 翡翠ひすい級の魔物など、人の粋を出るか、千の兵団を用意しなくては相手なんかできない。もう災害に挑むようなものだ。


 さすがに生身で挑みたくはないし、死闘をしてまで強くなりたいとは思わない。勝てないなら逃げるを選択するわ。


 訓練するのは心構え。油断するなと自分を戒めるために行うのだ。


 穏やかに眠るミルテの頬にキスをし、布団から抜け出した。


 屋敷のセキュリティーは前世のホワイトな家以上に厳重であり、どんな特殊部隊でも侵入することは不可能だろう。


 さらに防衛ドローンと警備ロボは各所に配置してあるので、おれと同等とか上級魔物でも生きては入ってこれないだろうよ。


 ただまあ、中にいる者には緩く、屋敷内の行動は自由のようだった。


翡翠ひすい、なにしてんだ?」


 我が家の番犬──ではなく予備魔力器な狛犬様が敷地内を堂々と闊歩していた。


「住み処の見回りだ」


 それは猫の習性じゃなかったか? いや、犬だっけ? なんてことはどうでもいいんだよ。お前、そんなことしてたっけ? 寝てるイメージしかないんたが……。


「人が多くなって見通しが悪くなったからな」


 まあ、野生(?)な翡翠ひすいには落ち着かないだろうが、そんな繊細さがあるなら屋敷の外で暮らせや。


 一応、屋敷内にも住み処を、と思って作ったら、その日のうちに引っ越して来やがったのだ、こいつは。


「好きに動いても構わんが、屋敷の中に入るときは足を綺麗にしろよな」


 女中に声をかけて足を拭いてもらえ。


「面倒臭いのぉ」


「人の世界に住むなら人に合わせろ。屋敷の外なら好きにしていいからよ」


 誘ったおれが言うのもなんだが、野生のお前が人と暮らすのがおかしいんだからな。いや、前に人と暮らしてたんだっけか? まあ、屋敷内は人の領域。人の習慣やルールに従え。おれだって従ってんだからよ。


「それと、そのうち見回りを出すから襲うなよ。外から無断で入ろうとするのは襲ってもいいからよ」


 どんな理由があろうと無断侵入する者には死を──と言うのはいきすぎだが、翡翠ひすいにしたら当然のこと。殺すなとは言えないよ。


「うむ。身内は牙は立てんし、侵入には牙を立てる」


 言い回しが物騒だな。てもまあ、それで頼むよ。


 見回りを再開させる翡翠ひすいを見送ってから屋敷の外に出た。


 花崎はなざき湖周辺はおれの所有地だ。


 まあ、勝手に宣言して勝手に占拠してるだけだが、国の法が届かず、魔物が徘徊する地では言ったもんが勝ち。強者に所有権があるのだ。


「とは言え、国ともめたくはないし、町として確立できたら最高なんだがな」


 自給自足できるとは言え、孤立に先はない。繁栄するには外と繋がらなければならない。ましてや世を変えたいなら積極的に外に出なければならない。


 まずは名を得てこの一帯を開拓。食料庫として三賀町周辺に力と名を示し、国に関わっていく、ってところかな?


 思いつき程度の計画だが、大体の流れはそんなものだろう。


 そんなことを考えながら光月こうづきの上に乗って湖の中心部へと進ませる。


 一メートル半くらいの槍を作り出す。


 おれのメイン武器は槍だ。これでいくつもの戦場を生き抜いて来た。


 基本、おれは近接戦闘で、槍の間合いでないときは短剣二本で戦うことにしている。


 一応、剣も使えないことはないが、戦いやすいのは槍。そして短剣だ。


 自己流の槍だが、使っていれば型は自然と決まってくる。


 万能スーツを解除し、準備運動として一通りの型をやる。


 体が温まり、程よい疲労を感じる。


「疲労を感じるのは久しぶりだな」


 魔力が切れない限り、おれに疲労はない。が、疲労を忘れるのも問題だな。精神が弱くなる。


 魔力次第ってことを考えれば、精神を弱くすることは致命的弱点になる。


「健全な肉体には健全な精神が宿る。忘れべからずだ!」


 朝日が出るまで一心不乱に槍を振り続けた。 

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