第139話 朝稽古

 ハイ、肉体は健全でしたが、練度が未熟でした。


 光月こうづきの上にぶっ倒れて猛省しているおれ、望月タカオサです。


「……万能さん、チートだわ……」


 魔力がないとなにもできない欠陥チートだなとは思っていたが、魔力があれば完璧チート。ナメたらいかんぜよ、でした。


 一月前の自分は多少なりとも体を動かし、腕を鈍らせないようにしてたが、体力は全盛期よりは確実に落ちていた。


 どうもレベルアップのほうにも介入があったみたいで、期間が空くとレベルダウンが起こるようになっている感じなのだ。


 ……おれの全盛期、たぶん、レベル30はあった感じだ……。


 まあ、それはいい。人だもの、動かなきゃ鈍るし、年齢による衰えもある。重々承知している。


 が、レベル23だった体感記憶がレベル30の体に振り回されるのは必至。慣れるように徐々に動かすが体力の出力がどれほどのものかわからず三十分でノックダウンよ。


 ……筋肉痛とか初陣以来だわ……。


 いや、これは筋肉疲労か? それすらもわからないほど筋肉が悲鳴を上げてやがる。


 まったく動けないままに陽が昇る。


 万能スーツを纏えば一瞬で治るのだが、これは戒め。バカな自分への罰である。


「……でも、体がいてーよ……」


 自然と涙が溢れる。おれ、情けねー!


 と、光月こうづきが──と言うより視界が微かに揺れた。


 なに? と思う前に万能スーツを纏う。


 一瞬にして肉体が完治。体の隅々まで栄養が行き渡り、エネルギー満タンとなった。


 すぐさま起き上がり、背後を振り返った。


 ハルマだろう天烏てんうがこちらに向かって来た。後、マーメードモードで水中を泳いで来るのはカナハだ。


 この一月で天烏てんうの習熟度が上がったようで、水面を切り裂くように着水する。


 マーメードモードのカナハは波立てることはないが、花崎はなざき湖の水は透明度が高いので丸見えだ。


「父さん、おはよー!」


 天烏てんうから出て来たハルマが元気いっぱいに挨拶してくる。


「おう、おはよう」


 そんなハルマに笑顔で応える。


「──父さんおはよう!」


 水面から飛び出し、空中でマーメードモードを解除。くるんと一回転して光月こうづきへと着地して元気に挨拶をしてきた。


「ああ、おはよう」


 カナハにも笑顔で応える。それが父親の勤めであり威厳である。まあ、おれのイメージだがよ。


「どうしたんだ、二人して?」


「父さんに稽古してもらおうと思って」


「おれも!」


 稽古か。確かに父親の役目でもあるか。前世の感覚だと。


 今生のおれには理解できないが、親から子に技を受け継ぐとかカッコイイらしい。


 いや、前世のお前、サラリーマンじゃん! と突っ込みを入れたいが、今生のおれは兵士や傭兵として生き、技があるから、まあ、できないことはない。


 ただ、いろいろ混ざっているのはご勘弁を。おれは使えるものはなんでも戦法? いや、流派か? なんだ? まあ、あれだ。ミックス拳、的なもんだ。たぶん。


「よし。いいだろう。光月こうづき天烏てんうの屋根が稽古台だ。好きな得物でかかってこい」


 二つ合わせても二十畳もないが、近接戦と思えば充分な広さだ。


「得物はなんでもいいぞ。おれは棒で相手するからよ」


 万能素材で一メートル半の棒を作り出す。


「おれはナイフにする!」


 前におれが渡したナイフを掲げるハルマ。


「あたしもナイフ」


 カナハには体術の他にも短刀での戦い方も教えていた。うちの家系は細身で力で切り開くのは無理だからだ。


「よし、来い!」


 三日月の構えをするとすぐにカナハが姿勢を低くして突っ込んで来た。


「ちゃんと覚えてるな。よし!」


 長物相手なら懐に飛び込めと教え通りにするカナハ。だが、長物でも近接戦法がないわけではない。


 三日月の構えは、近づいて来る相手を足払いする構え。それを理解し、足を払われる前に懐に入り、右手に握るナイフを脇腹に刺して来る。


 が、棒で払いながら左足でカナハを足払い。体勢を崩したところに体当たりして湖に突き落としてやる。


「やー!」


 と背後から気合いのこもった声が上がった。


 隙を突いて来るのはいい。だが、それを教えてどうすると、棒を突いて教えてやった。 


 ハルマもバトルスーツを纏っているので遠慮はいらない。が、本気でやったら死んでしまうので加減して湖へと落としてやった。


「ほら、早く上がって来い。訓練時間が減るだろう」


 光月こうづきの屋根に手をかけたカナハの手を突いて再度湖に落としてやる。


「敵は格上。己は未熟。どうする?」


「一目散に逃げる!」


 水面から顔を出したカナハが答えた。


「逃げられないときは?」


「足掻く! 足掻いて足掻いて足掻きまくる!」


 よろしいと、光月こうづきに上がるのを許した。


「さあ、遠慮なく足掻け!」


 ハルミが呼びに来るまで必死に足掻く子どもたちを湖に突き落とした。 

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