第42話 ハルミ

 魚を捌くのはお手の物、と数分で終わらせた。


 人数の切り身に塩をふり、オーブンへ投入。万能さんが美味しく焼いてくれます。


 残ったものは皿に入れてラップ……はないのでそのまま冷蔵庫に。これも万能さんが新鮮なまま保存してくれます。


 鍋がないので万能素材で作ることにする。魔力は惜しいが、味噌汁を飲まない選択肢はない。おれは必要なら躊躇いなく使う男なのだ。


 作った鍋に水を入れ、鱒の頭と骨をぶち込む。男の料理はこんなもんよ! と小まめに灰汁を取り、出汁が出たところで採取ドローンが見つけてくれた葉物や自生のネギを入れ、お玉で味噌を掬い、中で解く。


「う~ん。いい匂いだ」


 味噌汁の香りを嗅ぐなんて何年振りだろう。ちょっと涙が出てきそうになるぜ。


「よし! ミルテは飯を盛ってくれ。カナハはそこの樽から菜っ葉の漬物を皿に盛ってくれ。えーと、この子はなんて名前だっけ?」


 娘を見ながらミルテに問うた。


「ハルミです」


「ハルミか。いい名だ」


 黒髪黒目で東洋人顔にぴったりの名前だ。


 照れるハルミの可愛いこと。ミルテの小さい頃を思い出す。


「ハルミは味噌汁を盛ってくれ。ハルマは塩焼きを出してくれ。皿はこれを使え」


「うん!」


「任せて!」


 素直な二人にほっこりし、おれはまな板と包丁を洗う。あ、立て掛けておくのも必要だな。


「あんちゃん、用意できたよ」


「おう。今いく」


 まな板を適当に壁に立て掛け、包丁は万能素材に戻しておく。


 板間に上がり、空いてる席に座る。


「んじゃ、食おうか」


 いただきますって文化はないが、家長が音頭をとって食べる風習はあったりはする。だが、田舎じゃ家長が食べたら食っていいって感じだな。


 黙々と掻き込む子どもたち。食べる姿は微笑ましいが、田舎の品のないガキのままでは将来が不安だ。


 いずれそれなりの立場になってもらうのだから礼儀やマナーは覚えさせんとな。


「いくらでもお代わりしていいんだからもっとゆっくり食え」


 無駄とはわかっていてもつい言いたくなる。


「こんな美味しいご飯は久しぶりだから」


 さすがにミルテはゆっくり食べてるが、箸が止まることはない。体も心もまだ飢えてるのだろう。


 おれも今日頑張られるようにしっかり食べる。うん、飯も味噌汁も鱒の塩焼きも菜っ葉の漬物も旨い!


 腹いっぱい食い、ちょっと食休み。こんなときはお茶が飲みたくなるな。あ、プロラジュースがあったっけ。


「カナハ、プロラジュースを配ってやれ。酸っぱいときは蜂蜜でも入れれば甘くなるはずだ」


 それで旨くなるかは知らんけど。


「うん。蜂蜜、いつでも食べていいんでしょう?」


「いくらでも食え。ただし、食い過ぎは体に悪いから注意しろよ。悪くしたら世にもおぞましい薬を飲ませてやるからな」


 糖質がどうこう言ったってわかるわけがないので、おぞましい薬で牽制しておく。まあ、なったらわざと苦くして飲ませるけどな。


「わ、わかった」


 真面目に頷き、皆にプロラジュースを出した。


「飲みながら聞いてくれ」


 味と幸せを堪能させてやりたいが、やることがたくさんあるので、心を鬼にして皆の意識をこちらに向けさせる。


「おじちゃん、おれ、なんでもやるぜ!」


 ハルマがやる気を見せる。


「あんちゃん、あたしも」


「あたしも」


 ミルテ、ハルミが続き、カナハは黙って頷いた。うん、その意気やよし。


「いろいろやってもらいたいが、それをやるための道具が足りてないし、お前たちに知識も技術も足りてない。なんで、まずはできることからやってもらう」


 うん、と皆が頷く。


「まず、ミルテは家のことを頼む。おれたちや翡翠ひすいの飯を作ってくれ。まあ、今は材料が少ないんで簡単なものになるが、徐々に増やしていくんで、いろいろ試してくれ。失敗しても肥料になるから恐れずやれ」


「わ、わかった。皆に美味しい飯を作れるようにがんばる」


 その心意気に笑顔で応える。女房ではないが、女の手料理を食えるだけで価値はある。


「ハルミは藁を編めるか?」


 十二なら大抵の子どもはできるはずだ。


「うん。竹があるなら籠も編めるよ」


「お、籠まで編めるのか。そりゃ優秀だな」


 籠網は技術が必要だ。十二歳で編めるなら手先が器用なんだろう。技術者タイプかな?


「まあ、まずは藁座布団を人数分頼む。藁は物置にあるから自由に使ってくれ」


「うん。藁座布団なら簡単だから御座も編むよ」


 こりゃ、相当手先が器用な娘のようだ。いろいろ仕込み甲斐があるってもんだ。


「ハルマは、まず釣りだな」


「釣り?」


 思ってたのと違ったのが、拍子抜けな顔をしていた。


「お前には傭兵団の一つを任せる。何十人と手下にする。だが、人の上に立つにはいろいろ学ばなくちゃならん。読み書き、計算、魔物の知識、草木の知識と覚えることはたくさんある。だがまずは、食料を捕獲できる技術を身につけてもらう。食えない辛さはよく知ってるだろ?」


「……うん……」


「手下を飢えさせる頭は万死に値する。それもお前ならよくわかるだろう?」


 自分を、母親を、姉を餓えさせた者がいたのだから。


「おれもおじちゃんみたいに腹いっぱい食わせられる男になる!」


「ああ。お前ならなれるよ」


 その純真な願いを忘れずに育ってくれ。反抗期とか、おれ、どうしていいかわからんからよ。


「そんで、カナハだが、魔力操作の訓練だ。まず、昨日の風呂のやり方を学んでもらう」


「いきなりあんなのできないよ!」


「できないから訓練してできるようにするんだよ。それに、いきなりおれみたいなことは求めてない。少しずつ学べはいい」


 なんも知識も技術もない小娘に大層なことは求めない。今は、だけど。


「わかった。がんばる。それで、ねーちゃんはどうするの?」


「もちろん、ハハルにも頑張ってもらうよ」


 そう言うと、なぜかカナハにため息をつかれた。


「ほどほどにね。ねーちゃん、ビビりだから……」


 さすが妹。姉をよくわかっている。

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