第171話 悪魔トースト
タバコをゆっくりと吸い、ミルクティーを二杯飲み干した頃、ずっと同じ場所にいたハハルが動き出した。
そのままこちらへと来ると思ったら、部屋の中を移動。距離からしてシャワーでも浴びるのだろうと、完全にハハルとのリンクを切った。
「旦那様。なかなか始まりませんが、なにかあったんですか?」
「いや、なにもないよ。たぶん、準備に手間がかかってるんだろう。店はハハル一人で回しているようなもんだからな」
その仕事量たるやおれ以上。本当にごめんよ、ハハル。
「そろそろだと思うからゆっくり待つといい。これも当主夫人の役目だ」
上がどっしりと構えてないと下が不安がるからな。
それからしばらくしてエントランスホール的な場所におめかししたハハルがやって来た。
「遅くなった。ごめん」
「構わんよ。お前のやり方や計画に従うさ」
任せたからには全面的に肯定する。でなければ任せたハハルに不義理だ。
「なら、午後からにしても構わないかな?」
「わかった。午後からにしよう」
ハハルがそう言うなら否やはなし。でも、説明はしてくれよ。
「実は昨日、また人買いが来たの。それも四十八人。さすがに即答はできないと一旦引き取ってもらったけど、父さんが来たことを知ったらまた来るかもしれないわ。輸送機は目立つからね」
ステルス化しようと思えばできるが、宣伝のためにはやらないでおいた。下手なちょっかいを受けても困るが変に恐れられ、不信になられても困る。珍しいと思われるくらいがちょうどいいのだ。
意識を店に向けると、人買いと思われしヤツらがやって来たところだった。
「行動が速いヤツらだ」
「アイリさんの話では人買いには独自の情報ルートを持ってて、一日で百里は駆けるそうだよ」
笑えん話だな。僅か数日で人買いが押しかけて来た状況では。
「どうするの?」
「売ると言うなら買うさ。合法的に兵力を集められるんだからな」
「そんなに集めてなにと戦うのよ?」
「決まってる。世の理不尽とさ」
ハハルの問いにおれは平然と答えた。
そう、この世で最大の敵は理不尽だ。これ以上の敵はいないってくらい難敵であり、対抗するには数が必要になって来る。
「数は力だ。数が多いほうが勝つ──とまでは言わないが、数を揃えておくことに越したことはない。お前も配下は常に揃えておけよ。望月商会は大陸にも進出するんだからな」
まだまだ先のこととは言え、ゼルフィング商会やオン商会と肩を並べるまで登り詰めるには大陸へと進出しなければならない。こんな小さな島国の、しかも半分しか支配してない国では限界があるからな。
「はぁ~。また仕事が増えるのね」
「それだけの対価は支払うさ。お前に教えてないスイーツはまだまだたくさんあるんたからよ」
教えたのなんて極一部。ハハルを百年は働かせるスイーツの知識は持っている。前世のおれ、実はスイーツ男子だったのです。生まれ変わってからは辛めのが好きになりましたけどね! スイーツもあれば食うけどね!
「父さん! これからも頑張らせていただきます!」
お前のその欲望に忠実なとこ、おれは大好きだよ。
「じゃあ、昼前に上のを終わらすか。昼食に悪魔トーストを作ってやる。あれは悪魔に魂を売ってでも食べたくなるもんだぜ」
前世のおれとしては体を労るために天使トーストを食していたが、生命維持能力があるなら断然悪魔トーストがいい! あれは本当に旨いものだぜ!
「……悪魔トースト。聞いてるだけでヨダレが出る……」
うん。もう出てるから。そして、その人には見せられないほどニヤケた顔は止めなさい。君は望月家ナンバー2なんだからさ~。
「ほれ、いくぞ。終われば食えるんだからよ」
「おし! チャッチャと終わらせるわよ!」
その心意気やよし。だが、着替えてからいこうな。紋付き袴で商談とか場違いだからよ。
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