第170話 ホタルにならずに済んだ

 ハルマが言うようにダイオの腕はよかった。


 まあ、シミュレーションをやって覚えたんだろうが、それでも操縦のセンスはハルマより上と言ってもよかった。


 ……これはいい拾いものしたな……。


「ダイオ。マイナス八度下。十時方向に棒が立ってるのが見えるだろう。あそこに向かえ」


 一応、誘導ビーコンを出し、望月家もちづきけのものとわかるようにしてある。


「わかりました!」


「正面窓に青の矢印があるだろう。それに従い塔に近づけ。速度はもう少し下げろ。距離が三十メートルになったら矢印が赤に変わる。そうなると搭のほうで誘導して接岸させてくれるから」


 さすがに手動でやれは厳しいので、自動接岸にしたのだ。


 ゆっくりとダージンが搭へと近づき、矢印が青から黄へ変わり、ダイオの手こら離れた。


「上手い上手い。お前は本当にセンスがいい」


「センス、ですか?」


 あ、口を滑らした。センスって言葉なんぞなかったわ。


「天賦の才があるってこと。つまり、お前は空を飛ぶために生まれて来たってことだ」


 それはちょっと言いすぎってもんだが、そう言ってしまうだけセンスがいいのだ、ダイオは。


 桟橋にロックされ、正面窓にロック固定と赤文字で出る。


「うん。ご苦労さん。帰りはロック解除、発進と言えば出発できる。あと、万が一、なにか緊急なことが起こって発進しなくちゃならないときは「パージ」と叫べ。そうすればダージンを押さえている固定具が爆発されて緊急に発進できるから」


「パージで──あ、言っちゃった!」


 慌てて自分の口を両手で塞ぐダイオ。フフ。結構、おっちょこちょいなところがあるんだな。


「大丈夫だ。パージの許可を持っているのは搭側だ。緊急発進もやむなし、と判断しないとパージはされない。もし、本当に緊急発進しなくちゃならないときは「ダージン緊急発進。パージ」と叫べ。今度は言うなよ。本当にパージされるから」


 その辺の線引きは難しいが、できないよりできたほうがいいと割り切るしかない。やったところで魔力の消費と修復に80かかるだけ。今なんら惜しくない量である。


「ハルマ。具合はどうだ?」


 後部座席に力なく座るハルマに呼びかける。


「さっきよりマシになった感じかな。歩けないことはないから大丈夫!」


 気合いを入れて席を立った。


 ハルマのバイタルサインは体温の上昇を表しているので、たぶん、情報酔い(ストレスによる負荷がかかり熱を出す現象、かな?)だろう。しばらくすれば治まるだろうよ。


 スーツの生命維持機能も働いているしと、ダージンから出る。


 搭のエレベーターは四人乗りなので、先にハルマたち四人をいかせ、おとは残りで地下収容施設へと降りた。


 降りたところはエントランスホール的なところ。望月家の者しか降りて来ないが、ただの空間では寂しいので、輸送機から撮った空の映像を流し、喫茶スペースを作っておいた。


「すまん。またせたな」


 エントランスホール的なところには、ミルテたちがいて、喫茶スペースでお茶を飲んでいた。


「いえ、そんなに待ってませんよ」


 ミルテが柔らかく微笑んでくれた。


「そうか。ハハルは?」


 ハハルの反応を捜すと、下の階にいるようだが、執務室的なところでじっとしていた。書き物か?


 ……娘のプライベートを守るため、なにをしてるかは探りません……。


「まだ準備が整わないからここで休んでいてくれと連絡を受けました」


「そうか。なら待つか」


 何時にやるとも決まってないし、まだ十時過ぎくらい。慌てることもない。


「ハルマたちも休め。飲み物はタダだから好きなだけ飲んでいいぞ」


 ハルマの仲間たちも強化スーツを纏っている。生命維持は排泄にも対応してるので漏らしても平気だ。まあ、抵抗のある者はトイレにいっているようだかな。


 おれも休憩するかと、ミルテやハルナと同じテーブルにつき、キセルを出してタバコを吸う。


「って、ハルナはタバコ大丈夫か? これは薬煙くすりけむり、まあ、漢方のようなもので害はないんだが」


 臭いが独特だから嫌いなヤツも結構いたりするのだ。ミルテは変な臭い程度の感じみたいだが。


「大丈夫だよ。嫌いな臭いじゃないし。でも、健康にいいものなの、それって?」


「まあ、薬としては役に立ってるとはお世辞も言えないが、これを吸ってると落ち着くんだよ」


 鎮静作用もあるからと、兵士時代に勧められて、今ではおれの必需品になったのだ。


「そうなんだ。まあ、わたしは気にしないから吸いたいときに吸ってよ」


「うん。ありがとな」


 異世界に人として転生したのに、ホタルになるとか嫌だからな。

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