第61話 よい関係

「男の足に興味があるのかい?」


 冗談っぽく口にする。が、タカサさんは、真剣な表情を緩めなかった。


「ええ。不知火しらぬいさんの身があまりにも綺麗なので、足はどうなのかと思いまして」


「おれは昔から綺麗好きだけど」


 傭兵の中では、だけど。


「それにしては異常です。そちらの姪御さんも田舎の娘とは思えない艶肌をしています」


 静かにしているハハルにも鋭い眼差しを向ける。


「まあ、毎日風呂に入ってるからな」


「風呂ですか。それは豪勢ですな。羨ましい限りです」


 風呂の文化は昔からあり、三賀町にも風呂屋はある。だが、この国では風呂は娯楽。温泉は治療。非日常にあるもの。利用するには金がかかるのだ。


 風呂屋の料金は銅銭五枚。銅銭二枚で腹一杯食えることを考えたら高いと言わざるを得ないだろうよ。


「タカサさんも何日か練習すれば毎日入れるようになるさ。魔力はあるんだし」


 魔力が31もある。風呂桶にちょうどいいのも手に入れられる。各家に井戸もある。毎日入れる条件は揃っている。努力すれば毎日入るのも夢ではない。


「わたしにできるのですか?」


「努力次第、だがな。三納屋さんとは仲良くさせてもらってるし、基礎は教えるよ。水と盥を用意してくれるかい」


「アル! ちょっときなさい!」


 タカサさんが奥を向いて叫ぶと、十二、三の少年が出てきた。小僧さんかい?


「うちの見習い頭です」


 いたんだ。いや、いるか。これだけの店なら。と言うか、従業員も見たことないな。いるんだよな?


「アルと申します。お見知りおきを」


「こりゃどうも。おれはタカオサだ。よろしきな」


「アル。店は任せます。なにかあったら呼びなさい」


 と、見習い頭の子に任せて奥へと連れていかれた。いや、靴を履かしてくれ。


「不知火しらぬいさん、水はいかほど用意します? 盥の大きさは?」


 グイグイとくるタカサさんを押し返し、靴を履きながら連れてこられた中庭を見回す。


 歴史ある三納屋に相応しいく、馬車が六台は余裕で収められるくらいの広さがあった。


 ……そう言や、ここにくるのは初めてだな……。


「説明だから桶一杯の水と同じくらいの盥でいいよ」


 タカサさんにそう言い、用意してもらう。


「これでよろしいでしょうか?」


「ああ。充分だ。ありがとな」


 三納屋で働くだけあって賢い子だ。おれも補助してくれるヤツが欲しいぜ。


「タカサさんは魔術は使えるかい?」


「護身用の魔術なら……」


 魔物がいる世界。商人と言えど身を守る術は身につけるのが嗜み。魔術が使える傭兵は、それで小遣い稼ぎしている。


「それはよかった。なら、覚えるのは早そうだな」


 水が入った桶に人差し指をつけ、水を吸い取り、水玉を作る。


「これは魔力で吸い上げている。口で水を吸うように思い浮かべてくれ。そして、この水玉に火を放つとお湯になる」


 水玉の中に小さな火を放つと、ゴボッと一瞬にして熱湯になる。


「あとは、練習あるのみ」


 それ以上はタカサさんの努力と根性でなんとかしてください。


 湯玉を桶に戻すと、タカサさんが桶に手を突っ込もうとしてたので止めさせる。興奮し過ぎだよ。


「す、すみません。つい。しかし、こんな方法があるとは考えもしませんでしたよ」


「別に水を湯にする方法はあるさ。盥に水を張って火を熾すとかな。あとは創意工夫でやってくれ」


 サービスはここまで。お暇させてもらうよ。


「不知火しらぬいさん。まだ靴の話が残ってますよ」


 その細腕から想像できない力で肩をつかまれた。意外と力がおありで……。


「はぁ~。わかったよ。で、靴が欲しいのかい?」


「話が早くて助かります。お代は払いますので作っていただけませんか?」


「作るのは構わんが、魔力を大量に使うし時間はかかるぞ」


 昔、いろいろ世話になったから靴屋とケンカはしたくない。なので高額にさせてもらう。


「はい、大丈夫ですよ。靴でもいいものは一年くらいかかりますからね」


 それは将軍級の人物が履く靴だよ。傭兵の団長でも半月もかからないよ。


「魔石で払うかい? ないのなら金でもいいが、金銭十枚はもらうからな」


「金でお願いします」


 即決のタカサさん。いくら歴史ある三納屋みのうやの主代理でも金銭十枚は高額だ。そう簡単に買えるものなのか?


「ご安心ください」


 おれの訝しむ顔を見たタカサさんが笑顔を見せた。


「これでも商売人です。損をすることはしません」


 それはそれで嫌なものを感じるな。基本、商売人は守銭奴だ。それが悪いとは言わないが、付き合うとなると油断はできない。いいように利用されてケツの毛までむしられる。


 だがまあ、利用し利用されるのも商売人と付き合う方法だ。まだまだ三納屋みのうやを利用する必要があるのなら、こちらも利用してもらうまで。いい商売をしましょう、だ。


「わかった。こちらも損はないのだから売るよ。では、足を見せてくれ。タカサさんの足を測るんでよ」


 手頃な石に座ってもらい、足を見る。


「……商売人で水虫とは珍しいな……」


 水虫は靴を履く傭兵や兵士に多く見られるが、下駄やワラジを履く者には見られない。まあ、身近にいたり、不潔にしていたらなるかもしれんがよ。


「ええ。医者に観てもらったり、いろんな薬を試しているのですが、まったくよくなりません。よく不知火さんは水虫になりませんね」


 さっき、それも見ていたとは油断できん人だ。


「おれは体質だな。病気とかにはめっぽう強いんだよ」


 まあ、それはレベルアップできる能力があるから。どこに生まれるかもわからないから抵抗力も上がるように願っておいたのだ。


「ハハル。その湯になった桶を持ってきてくれ」


 後ろから覗き込むハハルに頼む。


 持ってきてくれた桶をタカサさんの前に置いてもらい、万能センサーで温度を確認。まだ八十度近くあるので魔法で冷やし、三十度くらいにする。


「タカサさん、桶に両足を入れな」


 よくわからないながらも言う通りに桶に両足を入れるタカサさん。意外に素直?


「ハハル。背負子を」


 なにか万能道具が必要なときのために背負わせていた偽装背負子──万能製造ボックスを下ろさせる。


 見た目は竹籠だが、万能変身能力と繋がっているので、魔力がある限り、なんでも作ることは可能だ。


 ただまあ、人の目があるので、その容量に見合ったものしか作らない。これはあくまでもおれが作るのを誤魔化すための、なんだ、手品で言えばハンカチみたいなものだ。


 四センチ四方の布袋を作り出し、そのまま桶に入れる。


「それは?」


「これと言って名前はないが、皮膚の病気を治す薬だ。その温度で朝晩二回。三十分程度浸かる。それを四日も続ければ治るはずだ」


 四日分の布袋をタカサさんに渡す。


「治った頃、また来るよ」


「あ、あの、靴は!?」


 足を上げようとするのを止める。


「一回分が無駄になるぞ。足は測った。金はできてからでいいよ。ナイフや剣もそのときだ」


 背負子をハハルに背負わせ、三納屋をあとにする。


 利用し利用される。実によい関係だと思うわ。

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