第162話 魔銭

 店の上空に来ると、祭りかと思うくらいの人が店先に集まっていた。


「……どんだけ来てんだよ……」


 と言うか、人買いってこんなにいるもんなのか?


 傭兵時代、人買いはよく見たものだが、連れていても五人くらい。花町でも精々十人くらいしか見たことがなかった。


 光月こうづきを降ろすか、と思ったら桟橋も裏庭もいっばいで降ろせない。こりゃもらう場所を間違えたか?


 と言っても今さら。ないのなら造るまで。この時代に空中権も地下権もないのたからな。


「ハハル。店をちょっと増築するな」


「変なふうにはしないでよ。そうでなくても珍しいって町の人が毎日見物に来るんたからさ」


 ま、まあ、この世界じゃ輸送機なんてUFOと同じもの。オレも近くにUFOが止まってたら見にいくわ。


「わかった。輸送機を留めるためのエレベーターを造るだけだ」


 完成予想図をハハルの脳に送る。


「……また見物人が集まりそうね……」


 つまり、否はなし、ってことで四十メートルのエレベーターを造り、四方に桟橋を伸ばす。


 見た目には華奢だが、魔力により強化しているので大型台風が来ても倒れたりはしません。


「展望台とか造るのもいいがもな」


 なんてやったらハハルに怒られそうなので、空想だけで止めておこう。


 桟橋に光月こうづきを留める。


 一応、雨風を防ぐために桟橋は通路を兼ね、中を通り、エレベーターで昇降するようにした。四十メートルは結構高い。二階しか知らないヤツには恐怖でしかないだろうからな。


 一階に到着し、ドアが開くと、三人の女があんぐりと口を開けていた。


「驚かせてすまんな」


 女たちに謝り、ハハルがいる場所へと向かう。


 ハハルがいるのは店の地下。大広間だ。そこは一応、店で働く者の食堂にしてるのだが、元々多人数を収容するようには造ってなかったので、とりあえず大広間に通したのだろう。


 それでも収容し切れてないのが異常なことを示しているってのが頭が痛いぜ……。


「ハハル。待たせた」


 基本、人買いは立派な商いではあるが、商うのが人となれば並みの精神ではやってられんし、割り切らなくちゃやってもいけん。まあ、どんな商売にもピンとキリはあるがよ。


 そこにいた人買いたちは、好好爺然としたヤツから真面目そうな面をしたのまで、一癖も二癖もありそうな気配を隠していた。


 ……まあ、サイレイトさんを相手にするよりは楽か。ひねくれている者の相手は気を使うからな……。


「あとは、父さんに任せる。あたしには無理」


 まるで知らんとばかりに立ち去っていった。


 ……のらりくらりと話を逸らされ、自分たちが儲けるようにハハルを怒らせようとしてたのだろう。人買いは裏にも通じているからな……。


「随分とうちの娘を可愛がってくれたようだ」


 こう言う手合いに遠慮はいらない。弱気もダメだ。どちらが上かをはっきりさせるほうが、こう言う輩とは商談がスムーズに運ぶのだ。


「め、滅相もございません。なかなかやり手のお嬢さんで戸惑っていたまですよ」


 まったくまったくと同調する人買いども。悪びれもしねーよ。まあ、するようでは人買いなんてできんがな。


「生憎とおれは忙しい。無駄話も益にもならん話もしようとは思わない。気に入らなきゃ帰ってくれて結構だ」


 冷めた目で人買いらを睨んだ。あと、威圧も向けた。


「も、もちろんですとも。わしらは人買い。人を売るのが商売でございます。どうかお買い上げいただきたい」


「わかった。一人、銀銭二十三枚で買う。女でも男でも年齢に関係なくだ。嫌なら帰ってもらって構わない。そして、今すぐ決めろ」


 人の価格など知らんが、買うときは銀銭六枚とは聞いたことがある。


 そんなもので、と嫌な気分にはなるが、それが現実であり、村での銀銭六枚は大金だ。一冬は越えられるだけの食料は買えるだろう。


 ……なのに今と言うのが気になるぜ……。


「沈黙や言いわけは拒否と判断する。こちらは、そちらの懐が減ってからのほうが安く買えるんだからな」


 安く買おうが維持費はかかるし、痩せ細っていれば安く買い叩かれる。長引いて損になるのは人買いのほう。おれは万能さんがいるので瀕死でも一向に構わないのだ。


「わかりました。銀銭二十三枚でお願いします」


 他にも目を向けると、全員が承諾の頷きをする。それはなによりだ。


「とは言っても、さすがにこれだけの人数だ。町から銀銭を集めなければ支払うこともできん。金銭支払いでつりを出せるものはいるか?」


 その問いに三人が手を挙げたが、残りは無理そうだった。


 まあ、金銭を持って歩くのは商家の者。町人でも銀銭を持つ者は少ない。人買いのような中くらいの商人が一番銀銭を使うだろうな。


「そこで提案だ。せんの代わりに魔力で払いたいと思う」


 カードを作り出し、人買いどもに見えるよう掲げる。


「これはマギカード。これには一級魔石分の魔力が込められる。人買いでも魔石の値段くらいは知っているだろう?」


 魔道具が山奥の村まで普及している今、知らないでいられるほどアホではいられない。魔物から採れるし、銭の代わりにもなる。人買いでも何度かは魔石払いはしたことがあるはずだ。


「魔石の価値も日々変わるが、一級魔石なら大抵の買取り所は金銭五枚か六枚に出すだろう。まあ、魔石ではなく魔力なので換金できる場所は限られて来る。今のところ、ここ、花木村、千華村の三ヶ所だが、徐々に増やしていく。魔力と交換できるものも増やしていく。そして、そのマギカードは本人以外使うことはできない。解除する方法もあるが、それはここでしかできないので注意してくれ」


 これだけの説明で何人理解できたかはわからんが、そこはこれまでの経験と鍛えて来た勘で判断して欲しい。


「無理強いはしない。銭で欲しいと言うなら銭で払うし、砂金でいいのなら砂金払いにもする。お前たちが決めろ」


 おれはどの方法でも構わない、とばかりに人買いどもを見回した。


「わたしは、魔力でお願いします」


「わたしも魔力でお願いします」


「わたしもです」


 誰かが動き出し、肯定に傾けば他も傾くもの。まあ、全員が全員とはいかなかったが、人買い十六人中十四人が魔力払いに賛成した。


 ふふ。これでまた魔力払い──魔銭ませんの使用領域が増えたぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る