第129話 偉大なる母

「どうした、タカオサ様?」


 娘から食らった強烈な一発(言葉)にうずくまっていると、さっぱりしたアイリたちが戻って来た。


「……い、いや、ちょっとな。大丈夫だ……」


 ちょっとでも大丈夫でもないが、一家の主として家臣に弱った姿は見せられない。ってか、娘に凹まされる父親とか恥ずかしい姿、見せられねーよ。カッコ悪いわ!


 根性を総動員して立ち上がり、一家の主としての威厳を見せ……られてないようで、訝しげな目を向けられていた。


 ……空気を読める男の家臣が欲しいです……。


「ま、まあ、座ってくれ」


 万能素材でテーブルと椅子を作る。


「なにか飲むか? と言うか、昼は食ったのか、お前ら?」


 朝は一緒に食ったが、昼は各自に任せてある。が、アイリたちの表情から食ってないことがわかった。


「カナハ……には無理か。熱中するタイプだし……」


 望月家の者としてアイリより上であり、下に配慮する責務がある。なんて説明しても理解できないだろう。性格的にも環境的にもな。


 ……はぁ~。一騎当千もいいようで使い勝手が悪いな……。


「カナハと訓練するときは時間を決めて、勝敗を決めてからやれ。でないと永遠に相手させられるぞ」


 アイリたちにもプライドがあり、小娘に負けてられないとムキになるのもわかるが、マギスーツは生命維持機能があるから魔力がある限り戦い続けられる。そんなことされたら破産だわ。


「すまない。気をつける」


「そうしてくれると助かる。あれもこれも魔力で動かしてるからな、切れたら飯が食えなくなるんでよ」


 魔力なければただの人。また、元の生活に逆戻りだ。


「ただ、戦いになったら魔力を惜しむなよ。そして、勝てないと見たらすぐに逃げろ。お前らのツケはおれが払うからよ」


 セクハラの概念がない世界でも、女に配慮しなければ信用どころか不和しか生まれない。ケツを拭いてやる、なんて言ったら白い目で見られるからな、注意しろよ、世の男ども。


「ふふ。タカオサ様は変わらすだな。女に気をつかうところは」


 今生のおれは人を利用して生きて来た。男だから、女だからは関係ない。が、まあ、女は怖いと早い時期に理解し、敵にしてはならぬと学んだ。


 戦いでは男に横を守ってもらいたいが、日常では女に後ろを守ってもらいたい。まあ、こいつらは前を任せたいくらいに進化してますけどね!


「女は頼りになるからな」


 そう言って万能空間から冷えたワインとグラスを出し、七人に配った。


「酒だ。飲みながら聞いてくれ」


 あと、カナハに山梔子くちなしの厨房からなにか食い物を持って来てもらうよう通信する。


 女でも傭兵なら酒は飲めるし、飲まなきゃやってられないこともあるので、飲めないヤツを捜すほうが大変だろうよ。


 開け方を教え、あとは好きに飲ませる。ちなみにおれはビールをいただかしてもらいます。かーウメー!


 一缶飲み干した頃、カナハと山梔子くちなしの料理人が料理を運んで来てくれた。


「夕飯には早いが、いっぱい食え」


 体が資本の傭兵。女だからと食に恥じらう精神はない。並べられた料理に食らいついた。


 おれは、料理には手を出さず、ビールだけを飲む。帰ったらミルテの手料理を食いたいんでな。


 カナハも空いているところに椅子を作り、料理に手を伸ばした。


 カナハの場合は、魔力容量を増やすために自らの魔力も使うよう設定してあるので腹が減るのだ。


 ……そう教えているのに訓練に夢中になるんだから困った娘だよ……。


 もう少し上品に食えないものかね、なんて生暖かい目でアイリたちを眺めていると、気がついたアイリが恥ずかしそうに食べる速度を落とした。


 二十九の女に可愛いとは悪いと思うが、おれの中では十六歳の少女で止まっている。


 リサさんが亡くなって苦労はしただろうが、中身はあの頃のまま。甘ったれで寂しがり屋で一人でいられない。どうしようもないヤツだと思いながら放っておけない、ダメな妹。おれはこう言うのに弱いんだよな……。


「……アイリには、望月家右軍もちづきけうぐんを率いてもらう」


 二本目のビールを開け、アイリたちに構わず口にする。


「右軍は家を守る力として働いてもらうが、望月家の武たる左軍が育つまでは魔物退治や各所の護衛をやってもらう」


 異論は受け付けない。と言うこともなく、アイリたちは了承の頷きをした。


「ただ、さすがに七人では少なすぎる。山梔子くちなしも混ぜて最低でも五十人は欲しい」


 贅沢を言うなら百人。理想を言うなら二百人。まあ、それはおれの心の内に秘めておこう。


「なので、いろんな伝を頼って各地から売られた娘を買っている」


 男が売られてたら買うのだが、まだまだ人力が物を言う時代。よほどのことではなければ男が売られることはないのだ。


「もちろん、すべての娘が戦いに向いているわけじゃないからその判別と訓練を任せたい」


 陽炎団はそうやって存続してきた傭兵団だ。そのノウハウもあるだろうよ。


「……わかった。任せてもらおう」


 アイリが答え、他の連中も了承の頷きをする。


 さすが最後までアイリについて来ただけはあるか。いや、これはリサさんの功績か。


「偉大なる母に乾杯だ」


 その意味がわかったのだろう、アイリたちもグラスを掲げた。


「偉大なる母に乾杯」


 自分たちを育ててくれた母親に哀悼を送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る