第196話 愛してるよ

 なにやら役場内が騒然としていた。


 役人たちは右往左往し、兵士たちはまるで戦のように殺気立っている。


 ……ほんと、一難去ってまた一難って感じだわ……。


 案内が兵士から役人に代わり、町長の前に通された。


「すまぬな、忙しいところを」


 明らかに忙しいのは町長だろう。苦悩と苦労が顔に出ていた。


「いえ。仕事の話なら横に置いても参りますよ」


 そこはキッパリさせていただきます。


「……フフ。厳しいな、タカオサ殿は……」


 家を守る者としては当然でしょう。


銅鑼どうら町が壊滅したらしい」


 なにかとんでもないことを口にする町長。飲み込むまでしばしな時間を要した。


「なぜかはわかっているのですか?」


「巨大な魔物が襲って来たらしい」


 巨大な魔物? あれのことか?


 この世界、巨大な魔物がいるとは言え、防備がしっかりした町を襲うような魔物は皆無だ。もちろん、いないとは言い切れないが、いたら噂にはなっているし、他の町も壊滅させられたりしているはずだ。


「魔物の姿を見たものは?」


「巨大としか聞いてない」


 まあ、おれもあれの姿をどう説明していいかわからない。あえて表現するなら鋭角な蜘蛛鳥? だろうか。この世界の生命体とは思えない姿であった。 


「そうですか。世は広いですな」


 まったく、ファンタジーな世界は謎に満ちてやがるぜ。


「ああ。同意だ。だが、己が矮小だからと言って嘆いていてもしかたがない。今動かねば滅びるだけだ」


「至言です」


 さすが町長。よいことを言う。


「で、わたしになに用で?」


銅鑼どうら町の様子を見て来て欲しい」


 それなら兵士を走らせたらいいだろうが、巨大な魔物がいてはしょうがないか。


「見て来るだけでよろしいので?」


「ああ。それでよい。そのほうがタカオサ殿も動きやすいだろう」


 静かに笑う町長。


 普通に考えるなら利用されてると思うところだが、町長はそんな性格ではないし、おれとは敵対したくないはず。


 つまり、自由裁量権をくれた、ってことだろう。


「報酬は?」


「金銭一枚」


 見て来るだけなら破格。だが、巨大な魔物と遭遇したら金銭一枚では、はした金にもならないだろう。


「──それと、国への報告はこちらでやっておこう」


 なんてことを言う町長に思わず笑みが零れてしまった。食えないお方だ……。


「わかりました。この依頼、お受けします」


 自由裁量権に隠蔽工作までやってくれるとあっては断るに断れんな。銅鑼どうら町はこの国では珍しく牧畜をやっているところ。牛っぽいのと羊っぽいのがいるのだ。


 ……まあ、っぽくても牛に羊なんだから納得しとけ、た……。


「助かる。国に報告はしたが、いつ動くともわからんからな」


 思わず愚痴が出るほどに国の動きは鈍いってこと。まあ、国の体をなしてないのだからしょうがないか……。


「国は口を出して来ますか?」


「利があれば口は出して来よう。だが、口出しされる前に固めてしまえば手も足も出まいて」


 苦笑気味におっしゃる町長殿。柔軟な人で助かる。


「では、すぐに動きましょう」


 こちらはニヤリと笑い、席を立った。


「様子はお知らせしますので、なにかあれば連絡ください」


 なにも知らないのでは町長も動けんだろうし、つじつま合わせも大変だろうからな。


「助かる」


「あ、それと港建設で騒がしくなると思いますが、町に迷惑はかけませんのでよしなにお願いします」


「わかった。兵士に伝えておこう。だが、あまり騒がしくしてくれるなよ。静めるのは大変なのでな」


「はい。肝に銘じます」


 やはり巨大化はやりすぎだったか。反省反省。


 一礼して町長の前から去り、役場を出たところでアイリに連絡を入れる。


「アイリ。山梔子くちなしを銅鑼町に向けてくれ」


 町長との会話はアイリやハハル、カナハにも見せてました。


山梔子くちなしはもう出した。見習いで使えそうなのもな」


 さすがアイリ。頼れる嫁だ。愛してるよ。


「そう言うのは夜に言ってくれ──」


 と、通信が強制的に切られてしまった。まったく、ウブなヤツなんだから。


「ハハル。人は全員買え。そして、港に連れてって雑木を刈る仕事をさせてくれ」


「ハァ~。わかった。やっておくよ」


 さすがハハル。頼もしい娘だ。愛してるよ。


「そう言うのは嫁に言って」


 と、強制的に切られてしまった。お前はもっと父親に優しくしておくれ。


「カナハ。すまんが先にいって周辺を探り、港に拠点を作ってくれ。魔物がいたら排除しろ」


 スカイラプターで上空を旋回しているカナハに指示を出した。


「わかった」


 全力全開で飛んでいくカナハにため息を漏らし、目の前にいるもうひとりの娘に意識を向けた。


「こんちです」


 こいつに挨拶教えたヤツ、ちょっとここに来やがれ!

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