第5話 マジかよ
その日は早めに寝た。
この周辺は、鬼猿や黒狼がいないので、これといった警戒はせずともグッスリ眠れるのだ。
と、そう思っていた時期がおれにもありました。
徴兵され、何年も戦場にいたのにこの体たらく。我が身が恥ずかしい……ってことはなかった。
……なんだろう。この楽観した気持ちは……?
前世の記憶が蘇る前は、もっと慎重で、心配性だったような気がするんだがな。
真っ暗な部屋の中を見回す。
なにか、夜目がよくなったのか、部屋の中がぼんやりと見て取れた。ほんと、なんなんだ、いったい?
煎餅布団を剥いで起き上がる。
物音を立てず、壁にかけてある、古びた鉈を手に取った。
……やっぱ、用心のために剣は必要なんだよな……。
こんな田舎じゃ稼ぎなんて微々たるもの。新しい鉈を買うのも大変だ。半年分の稼ぎに匹敵する剣なんて気軽に買えるもんじゃないが、命あっての物種。無理しても買うか……って、変身すれば剣など作れるじゃないか!
万能変身能力。生き残るための願いだろうが。
「変身」
と言葉にする必要もないのだけれど、初の変身。言葉にしてイメージしないと心ともないのだ。
変身ヒーローのようなエフェクトはありません。まあ、やれなくもないけど、この状況でやるわけにはいかない。やれる状況になったらやるかもしれないがな!
全身真っ黒のライダースーツっぽいものに、口許だけでた仮面を被った姿になった。
変身というよりは装着っぽいが、細かいことは気にしない。だって万能変身だし。
さて。変身スーツの性能はと思考すると、なぜか『ステータスオープン』って言葉が浮かび、それが性能欄を開くものだと理解した。
「……クソ。初期設定は音声入力かよ。おれを悶え殺す気か……」
いや待て。音声入力ができるなら思考入力だってできるはず。と切り替えを意識したらできた。万能スゲー!
「なになに。攻撃力が58。防御力が64。魔耐性が66。精神波遮断力が58。これは……どうなんだ? それを理解できる仕組みがあるんなら能力値が高いのか低いのかわかるようにもしてくれよな……」
……この変身能力、本当に万能なのか……?
いや、今はそんなことに気を割いてる場合ではない。この謎の気配を探ることに集中しろ。
「ブレード」
刃渡り八〇センチの青竜刀に似た剣をスーツのナノ素材を使って作り出した。
この地域では、青竜刀に似た剣が主流で、斬るというよりは叩き斬るな思想だ。
前世のおれとしては日本刀が好みだが、この世界で三十六年生きたら、これが当たり前で感覚的にしっくり来るのだ。
何度か振って感じを確かめる。
「……まあまあだな……」
変身スーツのアシストか、筋力や剣の重さが違うのに、そう違和感は感じない。だが、そうしっくり来るものでもないから慣れも必要なんだろう。
剣を握り締め、ブーツを消音モードに切り替える。
どう歩いてもギシギシいう板の上を歩き、たくさんの穴が空いた戸のところまで移動する。
隙間から外を見る。
もちろん、外は真っ暗。雲が出ているようで月明かりはない。
……なにかいるな……。
なのに、おれの目が花崎湖の砂浜になにか大きい影を捉えていた。
……それに、血の臭いがする……。
戦場で飽きるほど嗅いだ血は、平和になっても忘れてくれない。が、人の血ではないな、これは……。
鉄臭さより生臭ささが勝っている。これは、獣特有の血の臭いだ。
レーションなんてない時代。戦場での食料は乾燥させた米に塩の効いた味噌玉。あとは豆かイモくらいだが、たまに肉を食えるときがある。
まあ、肉といっても猟師だったヤツが狩って来た獣や村から徴収した家畜を捌いて食うといったものだ。
獣の解体は小さい頃やった経験があることから、おれに押しつけられ、何十頭と解体し、その臭いを嗅いできた。
……狼の血の臭いに似てるな……?
血の臭いで識別できるようになるってのも悲しいが、こうして役に立つんだから、よかったと思っておこう。
狼だと剣では不利か。いや、一匹二匹ならおれの腕でも倒せるが、群れを成す狼相手に剣一本では火力不足。ここは、銃に変えるか。
「ネイルガン」
要は自動釘打ち機の強化版で、発射音が静かなので選びました。威力もそこそこ高いので。
もう一度、砂浜にいる影を見る。
サイズ的には赤毛熊の成獣並みだが、赤毛熊は秋にならないと現れないし、鎧大猪ともなんか形が違う。なんだ、あれは?
「ナイトビジョンモード」
にして大きい影を見る。
「……ま、まさか、マジかよ……」
そこにいたのは、この国では聖獣と扱われている『狛犬』だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます